中国や韓国に都合の悪い事実を強引に批判する人たち ストローマン論法はやめよう(2)

国際 韓国・北朝鮮

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 先の戦争について、日本の歴史教科書と異なる見方を示すと、たとえ根拠(公文書)を明示していても、「歴史修正主義者」というレッテル貼りをされるということは前回ご説明しました。この場合の「修正」は良い意味ではなく、「歪曲」というニュアンスで用いられています。

 ちなみに、私に歴史修正主義者とレッテル貼りする人は、さらに私が安倍元首相の支持者だと決めつけてもいました。

「有馬は歴史修正主義者なので、同じ歴史修正主義者の安倍を支持している」ということのようです。これは、論理のすり替えというよりは、論理の飛躍と言うべきでしょう。ちなみに、私は、安倍元首相が、国会の議席の3分の2を得ていながら、8年間もの長きに亘った首相在職期間に憲法改正に踏み込まなかったことを非常に残念に思っています。

 さて、こういう批判者たちは、私が著書(『歴史問題の正解』)で指摘した南京事件についての次のような記述も当然気に入りません。

「GHQは原爆死没者の数にあわせて南京事件の犠牲者の数を増やした。事実、占領軍が日本国民に当初行っていたプロパガンダでは、〈南京の暴行〉の〈被害者〉を2万人としていたのを極東国際軍事裁判では〈死者〉20万人とした。これはGHQのプロパガンダ指示書に〈広島と長崎への原爆投下を残虐行為だと考えている日本人の感情に対抗処置をとらなければならない〉とあり、それを実行したのだ」

 これに対して、ネットメディアには「中国は、もともと40万人とか30万人と主張していたので、原爆犠牲者の数にあわせて南京事件の犠牲者の数を水増ししたというのは嘘だ」という反論が匿名で出ました。これも明らかにストローマン論法で、とくに「すり替え」というカテゴリーに入るものです。

 私は「GHQが日本人の原爆投下に対する感情に対処するため南京事件の被害者の数を膨大にした」と公文書に基づいて指摘しているのですが、この反論は「中国はもともと30万人から40万人を主張していたのだから、原爆犠牲者の数にあわせて増やしたというのは嘘だ」としています。つまり、GHQと中国をすり替えているのです。

 参考のために言っておきますと、極東国際軍事裁判で証拠採用されたスマイス報告書は、南京市内で「兵士(日本兵と国民党兵)によって殺害された死者」の数を2400人としています。やはり証拠採用された、ベイツ報告書でも1万2千人に留まっています。中国側の出している数字がいかに途方もないものかわかります。

 しかし、ひとたび「中国の人数は膨らませすぎである」という事実を示すと、前述のような手を使ってまで、その事実を否定する人が現れるのです。

主張に都合のいい記事だけをつまみ食いする手法「チェリーピッキング」

 実は、私がストローマン論法について書くのはこの記事が初めてではありません。近著『日本人はなぜ自虐的になったのか』(新潮新書)でも、「アメリカ軍の行ったプロパガンダによって日本人が自虐的になったというのは陰謀説だ」と主張する人がさまざまなストローマン論法のテクニックを使って詭弁を弄していることを明らかにしました。

 これを読んだとみえて、私自身がストローマン論法を使っているという非難が匿名でネットメディアに現れました。

 その匿名の論者が問題視したのは、いわゆる慰安婦問題に関する記述です。批判内容を要約すると次のような内容でした。

「有馬は『こうして歴史問題は捏造される』で、朝鮮人慰安婦が20万人いたという説が国際的に広まっているといい、日本兵の数(海外におよそ300万人)からこれをあり得ないと反駁しているが、そもそも国際的に広まっているのは20万人という数字ではなく、これはストローマン論法だ」

 この人は「有馬が話を大袈裟にしている」と言いたいようで、その主張に都合のいい記事だけをつまみ食いしていました。この手法をチェリーピッキングといいます。

 しかし、彼の主張を一撃で退けるのが1994年の国連人権委員会に提出されたクマラスワミ報告書(正しくはクマラスワミ報告書付属文書1)の中にあります(69項)。

「69項.まず第一に、20万人の朝鮮人女性を軍性奴隷として強制的に徴集したこと、彼女たちに冷酷な性暴行を加え、その後大半の女性を殺したことは人類に対する犯罪とみなされるべきである」

 これを踏まえて2016年2月16日・国連女性差別撤廃委員会で、日本代表の杉山晋輔外務審議官は、この「朝鮮人慰安婦20万人説」を各国代表の前で否定しています。

 また、英語版のウィキペディアでもComfort Worman(慰安婦)のページには、次のように説明があります。

”Based on these estimates, most international media sources quote about 200,000 young women were kidnapped by Japanese soldiers to serve in military brothels.”

(筆者訳:信頼できる国際的なメディアによれば、約20万人の若い女性が、日本の兵士に売春宿で奉仕するために強制連行された、という)

 この「若い女性」は主にここでは朝鮮人女性のことです。

 このような説が定説化してしまっているからこそ、日本代表は国連で「朝鮮人慰安婦20万人説」を否定しなければならなかったのです。

 批判者の意図がどういう点にあるのかはわかりませんが、少しでもいわゆる慰安婦問題について、自分たちの考えとは別の意見(事実)を見つけると、強引な論法で相手を貶めにかかる点においては、前述の「歴史修正主義」を言い募る人たちとよく似ています。

議論が無意味になる

 筆者に限らず、歴史研究をしていると、従来の説や俗説と異なる事実を発見することがあります。海外の公文書を丹念に読み解き、そのような発見をすることが研究者としての喜びであるとも言えます。

 南京事件の犠牲者数やいわゆる慰安婦の問題などは、従来からよく議論の対象となってきました。

 問題は、たとえ公文書などをもとに「こういう事実があります」と示しても、「気に入らない」と判断すると、ストローマン論法などを用いてまで批判してくる人が珍しくないことです。

 これはネットの特性とも関連しているように思います。通常のメディアと比べて、匿名での発信が容易だという点です。そのため、相手を批判するために少々汚い手を使うことに躊躇しなくてもいいのです。

 このような論法が罪深いのは、誹謗中傷になることはもちろんですが、議論が無意味になってしまうことでしょう。さきほどネットの特性との関連を指摘しましたが、日常生活でもありがちなことではあります。

 部下「その改革案、このままでは会社が潰れるという危機感から出されているのはよくわかるのですが、冷静にデータを分析してから練り直したほうがいいのではないでしょうか」

 社長「お前はうちの会社が潰れてもいいというのか!」

 夫「君は子供のためには私立がいいというけど、本当にそう決めつけていいのか。そもそもいい大学に行けば万事めでたし、という時代じゃないだろう」

 妻「あなたはあの子がまともな大学に行けなくてもいいって言うの。子供の将来を考えていない証拠よ」

 ここまでを読んだ方ならば、これらもまた一種のストローマン論法であることはおわかりでしょう。

 多様な意見が活発に交わせるネット上での議論に、この種の論法がとても多いのです。これはとても残念なことです。

 このようにネットメディアの信頼度を低下させているストローマン論法をなくすにはどうしたらいいのでしょうか。ユーチューバ―の須藤エミニさんが出したアイディアは、彼女のYou Tube上の動画「ストローマン論法って何?」のURL(https://www.youtube.com/watch?v=jjzqRzsZ0HA&t=714s)を張り付けて「あなたはストローマン論法を使っていますよ」と返信するというものです。

 彼女の動画を見ると、ストローマン論法を使う人がいかに、卑怯で心がねじ曲がっているかがよくわかります。このように、多くの人がストローマン論法とは何かを知り、それを使っている人に「あなたはストローマン論法を使っていますよ」と指摘し、その人がそう言われることが嫌だと思うようになったら、匿名ではあっても、この「汚い手」を使うことをためらうようになるのではないでしょうか。そうなれば、ネットメディアの環境はかなり良くなるはずです。是非試してみて下さい。いまのところ他に妙案はなさそうです。

(本論を書く上でネット上の多くのサイトを参考にしましたが、特に次のサイト「わら人形論法とは」https://biz-tips-collection.com/2018/06/21/conceptualskill-criticalthinking-fallacy-strawman/を特に薦めます)

有馬哲夫(ありま・てつお)
1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学社会科学部・大学院社会科学研究科教授(メディア論)。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『原発・正力・CIA』『歴史問題の正解』『こうして歴史問題は捏造される』『日本人はなぜ自虐的になったのか―占領とWGIP―』など。

デイリー新潮編集部

2020年12月29日掲載

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