宇多田ヒカルさんも悩ませた“ストローマン論法”とは――ストローマン論法はやめよう(1)

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 2018年7月17日、宇多田ヒカルさんが次のようなツイートをして、1日のうちに4万件のリツイートを記録する反響を起こしました。

「有名無名問わず、誰かがメディアでした話から別の誰かが一言だけ抜き取って、文脈から切り離してネットで持ち出して、そこから少数派を除いた多くの人がソースの文脈を参照しようとしないまま自己投影に基づいた批判や擁護(つまり妄想)のたたき台にして論争が繰り広げられる現象にまだ名前ないのかな」

 このあと、宇多田ヒカルさんに向けた「おお、それこそストローマン論法ですよ」といった内容のおびただしい数の投稿がネットに見られました。

 インターネットやSNS(以下ネットメディアとします)が普及した結果、さまざまな人が情報を発信できるようになりました。これ自体はいいことなのですが、その一方で、デマやフェイク、誹謗や中傷も、ネット上に氾濫するようになりました。この結果、ネットメディアが発達したことが、いいことなのか、悪いことなのかわからなくなっています。

 政府は女子プロレスラーの木村花さんがSNSで誹謗や中傷を受けて自殺したのを契機にこういったネットメディアでの誹謗、中傷を法律で規制する方向で動きだしています。

 彼女の場合は、「死ね」とか「うざい」というあからさまな言葉がかけられましたが、こんな単純でストレートなものではない、手の込んだ、巧妙な誹謗、中傷もあります。その代表例が宇多田さんも問題にしたストローマン論法を用いたものです。

ストローマン論法とは

 ストローマン論法とは簡単に言うと「相手の意見を歪曲して、その歪曲した意見に基づいて論破する」ことです。ストローマンとは藁人形、かかしのことです。倒しやすい相手の比喩のようです。

 もともと、新聞、テレビ、雑誌などのオールドメディアでも、政権批判する時などにこの論法は見られました。それがネットメディアの時代になって比較にならないほど増えました。一般の方が情報発信するようになったので当然です。

 ネットメディアでは、長さの制限があり、短く、しかし、インパクトのある切り返しをしなければならないので、この「汚い手」が常套手段となったのもうなずけます。しかも、匿名性が今のところ担保されているので、この「汚い手」を使っても、それをしたのが誰か特定するのが難しいということも、心理的ハードルを下げています。

 と言ってもまだしっくりこない人のためにわかりやすい例をあげましょう。

 Aさん「BLM(Black Lives Matter:アメリカで黒人が警察官に殺害されたことをきっかけに起こった抗議運動)の支持者の気持ちはわかるけれど、デモ隊の一部が商店を破壊したり、商品を略奪したりするのはどうなんだろう」

 Bさん「あなたは要するにBLMに反対してるんだ。だからデモ隊を非難するんだ。Aさんは人種差別主義者だと認定します」

 似たようなやりとりがネットメディアに多く見られます。あなたも見たこと、あるいは経験したことがあるかもしれません。

 Aさんは「BLMの支持者の気持ちはわかるけれど」と言っているので、「BLMに反対」しているわけではないようです。また、少なくともこの発言からは「人種差別主義者」と決めつけることはできず、むしろそうではないと判断するのが妥当だと思います。

 Aさんが問題にしているのは、破壊行為と略奪行為です。これはいくら大義があったとしても許されることではありません。Aさんは当然のことを言っているにすぎません。

 それなのに「あなたは要するにBLMに反対してるんだ」はまだ解釈の問題なのでギリギリいいとしても、「あなたは人種差別主義者だ」とまで言うと誹謗、中傷というより歴とした名誉棄損です。

 Bさんは、Aさんの「どうなんだろう」という表現を切り取ったうえで、「反対している」というように歪曲して、「人種差別主義者」というレッテルを貼っています。

 では、なぜBさんはこのようなストローマン論法を使ったのでしょう。それはBさんがAさんの発言に頭から反対していて、しかも悪意を持っているからです。そうでなければ「BLMの支持者の気持ちもわかるけれど」と言っているAさんを「BLMに反対しているんだ」と曲解したり、まして「人種差別主義者」とののしったりすることもなかったと思います。

 ネットメディア上の議論や論争は、読むに堪えない罵詈雑言の応酬になっているものが多いのですが、その理由はこの悪意にあります。そして、悪意をむき出しにできるのは、「ネットだから、誰がやっているかわからない。自分だとわからないから大丈夫だ」と思っているからです。

「戦争を正当化している」と匿名で非難

 私がこの論法に強く興味を持つようになったのは、著書を巡ってしばしばこの手法を用いて批判をする人を目にしたからです。そういう人たちが歴史問題の議論をおかしなものにしています。ここからは私自身の経験をもとに例を挙げてみます。

 私は以前、『歴史問題の正解』(新潮新書)でアメリカの公文書をもとに、次のようなことを述べました。

「アメリカは日本が石油不足のために1945年12月初旬には戦争に踏み切らざるを得ないことをドイツの外交筋から10月中旬までに知っていた。したがって、真珠湾攻撃も含めて、日本の先制攻撃は騙し討ちではない」

 すると、ネットメディア(オールドメディアではなく)などで、「歴史修正主義者だ」「日本のした戦争を正当化している」と匿名で非難されました。

 上の要約を読んで頂ければわかるのですが、私はあの戦争が正しかった、とは一言も言っていません。また、記述の根拠となる公文書も明記しています。

 もちろん、別の見方をする人がいるのは構いません。たとえば「その公文書は偽物だ。なぜなら~」「その公文書の読み方が間違いだ。なぜなら~」といった主張であれば、議論は可能です。

 しかし、文章を曲解したうえで書いてもいないことを批判されると途方に暮れます。

 これが先ほどのBさんのコメントと同様なのはおわかりでしょう。

 まさしくストローマン手法です。

 経験をもとに述べれば、先の戦争について、教科書とは異なるような事実を提示すると、一定の割合で反発の声が寄せられます。その多くがストローマン論法を用いたものです。

 少しでも当時の日本の置かれた立場を理解するような記述があると、「戦争を正当化している」と言いつのる人がいます。セットになって「歴史修正主義者だ」とも言ってきます。

 歴史修正主義とは、この場合、日本のした戦争を正当化するために、歴史的事実に反することを主張することです。

 私は膨大な公文書を読み解き、そこに書かれてある事実をもとに、つまり歴史的事実をもとに、前述の記述をしているので、歴史修正主義者ではありません。また、「日本のした戦争を正当化している」いるわけでもありません。繰り返しますが、公文書で明らかになった事実を述べているだけです。

 こうした人たちの論法については、次回、もう少し詳しく検証してみます。

有馬哲夫(ありま・てつお)
1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学社会科学部・大学院社会科学研究科教授(メディア論)。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『原発・正力・CIA』『歴史問題の正解』『こうして歴史問題は捏造される』『日本人はなぜ自虐的になったのか―占領とWGIP―』など。

デイリー新潮編集部

2020年12月28日掲載

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