失敗なら「大暴落」「債務超過」も「日銀」保有ETFの出口戦略

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 日本銀行がETF(上場投資信託)の買い入れを開始してから10年が経過したことで、多くのメディアが問題点などを指摘している。そこで日銀保有のETFの現状を検証し、当面の方向性を探ってみる。

 筆者は2018年4月20日の拙稿『日銀「出口戦略」に立ちはだかる「18兆円爆弾」の処理方法』で、その問題点と日銀保有のETF処理方法として、ETFを日銀の勘定から切り離し、独立した機構に買い取らせ、長期間をかけて売却する方法をいち早く提案している。問題点については、そちらをご覧頂きたい。

日本最大の大株主

 まず、日銀保有ETF残高の現状は表1の通りだ。日銀は表2のようにETFの買い入れ枠を拡大してきた。

 2010年12月に白川方明総裁(当時)がETFの買い入れを開始した際には、リーマンショック後の金融市場の混乱を収めるため、中央銀行が証券市場に直接資金を投入することで、証券市場の機能を正常化させることが目的とされた。

 しかし、2013年に就任した黒田東彦総裁はETFの買い入れを、

「株価の上昇は、資産効果などを通じて個人消費を押し上げるほか、企業の資金調達環境やマインドの改善によって設備投資を促すことが期待できる」

 とし、自身が金融緩和政策の目標に掲げた「個人消費を表すCPI(消費者物価指数)上昇率2%」を達成するための手段と位置付けた。黒田総裁によって、日銀のETF買い入れの目的は、明らかに変更されたのだ。

 上記のように黒田総裁は、ETFの買い入れ枠を次第に拡大していった。これにより、日銀のETF保有残高は、12月10日現在で35兆2174億円(簿価)となっている。日本経済研究センターの推測によると、時価総額は45兆円に及ぶ。ここのところの株価上昇で、すでに、約10兆円の含み益が発生している。

 2019年10月の参議院予算委員会で黒田総裁は、

「ETFを通じて間接的に所有している株の量は、東京証券取引所に上場されている株価総額の6%程度」

 と証言した。現在の時価総額45兆円は7%に匹敵する。日銀は年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)を抜いて、日本最大の大株主になっている。

 日銀が大株主となっていることの様々な問題点については、前述の筆者拙稿をご覧頂きたいが、実際、11月に発表されたNTTによるNTTドコモの子会社化で行われたTOB(株式公開買い付け)で問題の一端が露呈した。

 日銀が保有するETFの主なものは株価指数などに連動する「パッシブ運用」がなされている。このパッシブ運用されるETFは、基本的に組み込んだ株式のTOBに応募しない仕組み。

 従って、NTTドコモのTOBでも、実質的に日銀が保有するETFからの応募は行われなかった。

 このため、NTTはNTTドコモ株の100%保有による完全子会社化を目指していたのだが、TOB終了時点ではETFに組み込まれた分など10%近いNTTドコモ株の取得ができなかった。

 つまり、ETF(特にパッシブ運用されているETF)では、株主の意思が反映されることはないのだ。

 もちろん、日銀が個別企業の経営に口をはさむのは“タブー”だが、ETFを組成すれば日銀が買い入れてくれるという構図によって、ETFの組成本数は増加してきた。

 NTTドコモのTOBでは結果的にNTTが強制的にNTTドコモ株を買い取ったが、このように企業にとっては経営戦略上の障害となり、余計な手間もかかるとともに、株主の意思が反映されない株式が増加している。

 その多くを日銀がETFを通じて保有しているのである。

 それでも黒田総裁は、日銀が巨額のETFを保有し結果的に企業の大株主になっていることについて、

「企業統治(コーポレートガバナンス)に問題があるとは考えていない」

 としている。

日経平均2万円割れなら債務超過も

 しかし、ETFを保有することで日銀が抱えるリスクについては別だ。

 2020年3月10日の参議院財政金融委員会で、黒田総裁はETFの損益分岐点について、2019年9月期の1万9000円から、

「500円程度切り上がっている可能性がある」

 と証言した。さらに、3月24日の衆議院財務金融委員会では、「2兆円から3兆円程度」の含み損が発生していることを明らかにしている。

 その後の株価の上昇によって、日銀が保有するETFでは前述の通り約10兆円の含み益が発生していると見られるが、日銀が買い入れたETFの損益分岐点も上昇し、2万600円程度になっていると見られる。日経平均株価が再び2万円を割り込むようなことがあれば、日銀が大きな含み損を抱え、債務超過に陥る危険性すらある。

 日銀が買い入れた国債やETFの利息、配当金は国庫納付金となる。日銀は12月10日現在、543兆2672億円の国債を保有しているが、9月期決算時点で国債の利息が5524億円だったのに対して、ETFの分配金は6759億円と過去最高を更新し、国債の利息を抜いている。

 これだけ巨額の国庫納付金を政府に収めていても、もし、ひとたび日銀が含み損を抱えれば、その処理は日銀自身が行わなければならない。日銀は、1998年の日本銀行法改正でその独立性維持と引き換えに政府による損失補償規定を放棄したため、儲けは国庫に納付するが、損失は自らが処理する必要がある。

 政府が日銀に支払う国債の利息は、国庫金として政府に戻るため、事実上、政府は国債の利息を支払っていないのと同様だ。

 しかし、ETFの配当金は民間企業の支払いであり、これが日銀を通じて政府に国庫金として納付されるのは、政府が民間企業から配当を受けているのと同じことであり、事実上の法人税と同様の効果を持っている。

 1997年、香港金融管理局はアジア通貨危機への対応として、香港証券取引所の時価総額の6%の株式を買い入れた。かつて、黒田総裁は香港金融管理当局の姿勢を「莫大な株式購入」と表現したことがあったが、現在の日銀保有のETFはこの水準を超えている。

全ETF売却に150年?

 こうなると、多くのメディアが取り上げているように、日銀は保有するETFをどのように処理するのかという、いわゆる出口戦略に目を向けざるを得ない。一部のメディアでは、香港金融管理局の場合、保有していた株式を個人に売却したことから、日銀保有のETF処理方法として「個人への売却」を提言している。

 元・日銀理事で現・日本証券金融社長の櫛田誠希氏も、個人への売却を提言している。また、政府が定額給付金として日銀保有のETFを支給するといった方法もあがっている。個人に売却する場合には、一定期間の売却制限を設けることで、ETF=株価の下落を抑えることができると説明する。

 だが、そもそも日銀保有のETFを個人に売却する場合には、法的な手当てが必要であり、この売却が不平等感につながらないかという点にも配慮する必要がある。それに、いくら売却制限を設けても、それが解禁された途端に大量の売りが出れば、株価の暴落につながりかねない。売却制限期間中にETF価格が下落し、買い取った個人が含み損を抱える可能性もある。

 また他にも、ETFを現物株に交換し、企業に自社株買いを要請する案もある。しかし、これとて法的な手当てが必要となる上、対象となる企業のすべてが自社株買いに応じられるのか、という問題が残る。

 黒田総裁は2020年2月21日の衆議院財務金融委員会で、出口戦略の基本的な考え方として、

「市場などの情勢を勘案した適正な対価による」

「市場などに攪乱的な影響を与えることを極力回避する」

「損失発生を極力回避する」

 の3点をあげている。

 こうした観点からは、筆者が2018年4月の前記拙稿で指摘したように、独立した機構に買い取らせ、長期間をかけて売却する方法が最も影響が少ないように思われる。

しかし、その前例となる「銀行等保有株式取得機構」では、日銀は株式市場への影響を避けるため、10年間にわたり年間約3000億円のペースで株式を売却する方針を打ち出した。

 もし、年間約3000億円の売却が株式市場への影響を避けるペースだとすれば、すべてのETF売却には150年もかかることになる。となれば、当然、年間の売却額を引き上げる必要があり、株式市場への影響は避けられないものとなるだろう。

 その上、銀行等保有株式取得機構では株式市場への影響を減じるため、新たに「設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業」の株式を対象とするETFの買い入れを実施した。日銀が保有するETFの売却でも、何らかの措置を講じる必要があるかもしれない。

現状での処理は“無理”

 黒田総裁は11月18日、衆議院財務金融委員会で、

「金融緩和策の一環として行っており、上場投資信託(ETF)の買い入れは続ける必要がある」

 と答えている。12月18日の金融政策決定会合後の記者会見でも、時価45兆円に膨らんだETFの買い入れについて、

「いまの買い入れがただちに持続不能になるというのは全くない」

「出口の議論は全く時期尚早。考えていない」

 と“一刀両断”した。

 おそらく、現在の黒田総裁の考えは言葉通りなのだろう。否、「出口の議論は全く時期尚早。考えていない」のではなく、新型コロナウイルス禍にあって、あまりにも巨額に膨らんでしまったETFの処理は“考えられない”のであって、現状では“無理”なのが正直なところだろう。

 しかし、大きな転換点が来る可能性もある。日銀が12月18日の金融政策決定会合で打ち出した「金融緩和政策の“点検”」だ。

 日銀はこれについて、

「CPI上昇率2%を実現するためのより効果的で持続的な金融緩和の点検」

 と説明している。検証結果は、2021年3月の金融政策決定会合を目途に発表する。

 これは“体のいい時間稼ぎ”でもあり、金融緩和の点検がETF買い入れについても行われ、 “効果的で持続的ではない”と判断されれば、方針が変更される可能性がある。黒田総裁は、「新型コロナウイルスのワクチン接種の動向」をたびたび口にし、期待感を滲ませている。

 2021年3月の検証結果次第では、新型コロナの状況と合わせて経済や物価の先行きを観測する中で、金融政策の見直し=超低金利政策からの脱却と、CPI上昇率2%の達成目標の変更すら出てくる可能性がある。

 独立性の維持と引き換えに政府による損失補償規定を放棄した日銀にとって、ETFの処理を政府に“頼まざるを得ない事態”ほど屈辱的で独立性を脅かす事態はないだろう。

 こうした事態を避けるためにも、保有するETFの処理は絶対に失敗できないのだ。

鷲尾香一
金融ジャーナリスト。本名は鈴木透。元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで様々な分野で取材・執筆活動を行っている。

Foresight 2020年12月25日掲載

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