流行の「上流」と「下流」を意識する大切さ(古市憲寿)

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 2020年に大流行した作品の一つに「愛の不時着」がある。テレビや雑誌では繰り返し特集が組まれ、時の首相までが夫婦で観ていたという。さて、「週刊新潮」読者にも「『愛の不時着』で泣いた」という人が多いかも知れない。一体、いつくらいに作品を知り、実際に観たのはいつでしたか。

 自慢ではないが、僕の友人界隈では日本のNetflixで配信が始まってすぐ、2月下旬には大きな話題になっていた。俳優や漫画編集者などコンテンツ作りに携わる友人が多いためだろう。LINEを確認すると、2月23日には友人が「愛の不時着」について熱く語っていた。

 流行には「上流」と「下流」がある。ファッションがわかりやすい。まずハイブランドが先鋭的にも見えるデザインを発表し、それが徐々に大衆向けブランドに普及していく。だから服には露骨な「パクリ」も多い。

「下流」と書くとマイナスに感じるかもしれないが、要するに大ブームのことである。「上流」で注目されたものが、全て「下流」にまで行き届くわけではないし、かなりの期間がかかることもある。

「中流」あたりで話題になっているのが、ボーイズラブ(BL)だろう。アメリカでは、大統領の息子と英国王子のラブコメBLがベストセラーになった。中国の「陳情令」や、タイの「2gether」といったドラマも世界中で注目されている。

 ちなみに「陳情令」は日本の公式サイトで「ブロマンス・ファンタジー時代劇」と説明されている。興味のない人にはさっぱりだと思うが、ブロマンスとは男同士の熱い友情のこと。BLと違って性的な関係にはならない。ただし「陳情令」の原作小説の「魔道祖師」は完全なるBLである。

 ブロマンスというフィルターをかけて映画やドラマを観てみると、作品数の多さに驚くはずだ。

 何か情報を得る時も、「上流」と「下流」は意識したほうがいい。

 たとえば、浜崎あゆみと松浦勝人(作中では「あゆ」と「マサ」)の恋愛を描いた『M』という小説がある。チープなドラマも話題になった。『M』によれば、あゆの初期のヒット曲は、ほとんど全てがマサに向けられたものだったという。ヒット曲「M」は「Maria」だけではなく「Masato」も意味していたのである。

 実は関係者の間では、二人が付き合っていたのは有名な話だった。しかしあゆの全盛期、ただの高校生だった僕は、そんなことを知るよしもない。「SEASONS」という曲のPVで、あゆは喪服に身を包み、限りのない絶望を歌っている。てっきり大切な人の死を歌った楽曲かと思っていたら、ただ単にマサと別れただけだったのだ。

 その事実を初めて知った時は衝撃だった。一次情報の重要性に気付かされたわけだが、同時に「下流」ゆえに発生する誤解も悪くないのかなと思った。まさに評論というジャンルがそうだが、当事者には気付けない解釈や発見というものがある。「下流」には夢(という名の誤解)が溢れている。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

週刊新潮 2020年12月24日号掲載

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