政府が進める「デジタル教科書」の“不都合な真実” 5年間使った小学校が「紙の教科書」に戻したワケ

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デジタル化は“本当に教育効果を高めるのか”

 河野太郎内閣府特命担当大臣の「ハンコ廃止」を巡る反応を見てもわかるように、基本的に世論は「デジタル化」に好意的である。ハンコにこだわる業界、人は「古い」と見なされる。実際に、日本では利便性を妨げている旧弊、悪弊が数多くある。これらをなくしていくことは、多くの人の利益にもつながるだろう。

 しかし、あらゆる分野でデジタル化を無邪気に進めていいのかというと、話は別。

デジタル教科書の使用をやめた学校も

 国民の関心がコロナに集中している中、政府が着々と進めつつあるのが、小・中学校の教科書のデジタル化だ。

 10月の段階で、平井卓也デジタル改革担当大臣は、記者会見で、河野大臣・萩生田光一文部科学大臣とは「デジタルファーストは時代の要請」という認識で一致したこと、そして子供たちにタブレットなどを配布していくことを推進するべきだという持論を述べている。

 平井大臣は、紙の教科書を廃止し、タブレットに変換していくことが望ましいと考えているようである。

 教科書のデジタル化については費用やメンテナンス等に加えて、それ以上に問題なのはそれが本当に教育効果を高めるのか、また子供に与える悪影響はないのか、という点については考慮されていない点である。

「推進派」の意見をまとめると次のようなことになる。

「子供のうちからデジタル端末に慣れておくことはプラスになる。また、動画や豊富な画像が使えるので、理解が進みやすい。情報のアップデートも可能だ。重い教科書をランドセルに詰めて運ぶ必要もなくなる」

 こうした声を後押しするかのように、時折新聞やテレビでは、先進的な取り組みとして、すでにタブレットを導入している学校などを紹介している。子供たちには好評だ、といった声も添えて……。

 しかし、すでにデジタル化を進めている諸外国では問題も明らかになっているのも事実だ。そのため、新聞もこの問題を扱う際には、ハンコの時とは異なり、慎重な論調が目立つ。特に熱心なのは読売新聞で、12月1日~5日、5回にわたり「デジタル教科書を問う」という連載記事を掲載。そこではオーストラリアや韓国などの先行例を紹介したうえで、効果への懐疑的な見方を示している。

 紹介されているオーストラリア、シドニーの小学校の事例は示唆に富んでいる。5年間続けていたデジタル教科書の使用を取りやめた、というのだ。

 理由は、デジタル教科書の場合、画面の切り替えやメール着信などで気を取られることが多いため、紙を使ったほうが集中力が高まる、というものだった。

 こうした報告は世界各国からすでにあがっている。

ビル・ゲイツ“子供が14歳になるまでスマホを与えなかった”

 教育先進国とされるスウェーデンでベストセラーとなった『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン著 久山葉子訳)では、スマホやタブレットが子供や学習に与える悪影響について、多くの事実が提示されている。

「米国の研究では、学生にTEDトークを視聴させ、一部の学生には紙とペン、残りの学生にはパソコンでノートを取らせた。すると、紙に書いた学生の方が講義の内容をよく理解していた」(『スマホ脳』より)

「ノルウェーの研究者が小学校高学年のグループの半数に紙の書籍で短編小説を読ませ、残りの半分にはタブレット端末で読ませた。

 その結果、紙の書籍で読んだグループの方が内容をよく覚えていた。同じ小説を読んだのにだ。

 特によく覚えていたのは、話の中でどういう順番で出来事が起こったかだった。考えられる説明としては、脳がデジタル端末のメールやチャット、更新情報などがくれるドーパミンの報酬に慣れ切ってしまっているからというものだ」(同)

 後者の実験の説明を補足すると、スマホなどのタブレット、あるいはアプリなどは、人間の脳からドーパミンが出るような「仕掛け」を備えている。この誘惑に打ち克って小説に集中するには、脳に余分な負荷をかける。そのため結果として記憶力にマイナスの影響があらわれるということである。

 著者のハンセン氏は同国では有名な精神科医で、『スマホ脳』ではスマホやタブレットが人間に与える悪影響を最新の研究や豊富なエピソードとともに紹介している。

「デジタル化に抗うなんて古い」という人が知っておいたほうがいいのは、同書で紹介されるIT企業トップたちの教育方針だろう。

 スティーブ・ジョブズは記者のインタビューに答えて、すべてのデジタル機器についてわが子のスクリーンタイム(視聴時間)を厳しく制限していること、自宅ではiPadを「そばに置くことすらしない」と明言していた。ビル・ゲイツも、子供が14歳になるまでスマホを与えなかったという。

睡眠障害や鬱の原因になっている可能性も

 さらに注意しなければならないのは、学習効率の問題のみならず、精神に悪影響を与えるリスクも指摘されている点だ。長時間のスクリーンタイムが、睡眠障害や鬱の原因になっている可能性があることを数多くのデータが示しているという。

 ハンセン氏の母国、スウェーデンでは、眠れなくて受診する若者の数がこの10年で爆発的に増えており、2000年頃と比べて8倍にもなっている。この傾向は先進諸国で共通している。この間、生活様式の大きな変化といえば、言うまでもなくスマホの普及である。

 もちろん、スマホやタブレット、パソコンのない世界に戻ることは不可能である。しかし、だからこそ、学校でわざわざ配布せずとも、子供たちは適切な時期にそうしたデバイスに馴染んでいくと考えるのが普通だろう。

「デジタル改革担当大臣」といった「役職」が与えられれば、当然、当人や周辺は張り切って実績を残そうとするだろう。その際、不都合な真実からは目をそむけ、「教科書のデジタル化に反対するのは守旧派だ」といった論法を展開するかもしれない。

 そしてひとたび政策が実行されると、そのプラス面ばかりが喧伝される、というのはこれまでにも見てきた光景だろう。

 しかし先行している国の現状や、世界中で示されている研究結果には謙虚に目を向ける必要があるのではないか。ハンセン氏は同書でこう述べている。

「新しいテクノロジーに適応すればいいと考える人もいるが、私は違うと思う。人間がテクノロジーに順応するのではなく、テクノロジーが私たちに順応すべきなのだ」

デイリー新潮編集部

2020年12月22日掲載

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