「公捜処」という秘密兵器で身を守る文在寅 法治破壊の韓国は李朝以来の党争に
指揮権を発動した法相
――これで文在寅大統領はひと安心?
鈴置:そうでもないのです。靴の中の小石のような、気がかりな問題がひとつ残っています。尹錫悦(ユン・ソギョル)検事総長の存在です。
尹錫悦総長は曺国氏に限らず、文在寅政権の高官の関与が疑われる事件の捜査に手加減をしない。この硬骨漢を放置すれば、公捜処が発足する前に政権幹部が起訴され、暗部が暴かれる可能性もある。
そこで、曺国氏の後任の秋美愛(チュ・ミエ)法務部長官は2020年1月に人事権を発動、政治が絡む事件の捜査を担当する検事を一斉に左遷しました。尹錫悦総長にまったく相談せずに、です(「独裁へ突き進む文在寅 青瓦台の不正を捜査中の検事を“大虐殺”」参照)。
それでも尹錫悦総長は怯まず、捜査を続けさせた。業を煮やした秋美愛長官は10月19日、政権幹部の不正につながりそうな事件と尹錫悦総長の親戚に関わる事件に指揮権を発動、尹錫悦氏を捜査ラインから外して検察内で孤立させたのです。
すると、国民の間で尹錫悦総長の孤独な戦いに注目が集まり、次の大統領にふさわしい人として世論調査で1、2位を争うまでになりました。
捜査対象第1号は検事総長
有力な候補者を持たない保守は「しめた」とばかりに大統領選挙に担ぐ姿勢を見せました。尹錫悦総長はリベラルな性向の人であり、だからこそ2019年7月、左派の大統領から任期2年の検事総長職を任されたのです。保守の思惑通りに進むかは極めて怪しいのですが。
それでも11月24日、秋美愛長官は尹錫悦総長の職務を停止したうえ、懲戒を求めると表明しました。大統領選挙への出馬を邪魔する目的もあると見られています。懲戒を決める委員会は12月15日に開かれます。
検事総長の職務停止と懲戒に対し、すべての高等検察庁と地方検察庁に所属する検事が11月30日までに反対を表明しました。聯合ニュースが「全国59の検察庁の平検事が声明に出た…釜山西武支所も最後に」(11月30日、韓国語版)で伝えました。
一方、与党側は「公捜処が発足すれば、捜査対象の第1号は尹錫悦だ」と公然と語り始めています。もちろん、総長支持に回った検事も、何らかの罪を着せられる可能性が高い。
先ほど引用した12月11日のハンギョレの記事の見出しに「まずは検事の不正に集中か」とあるのも、公捜処の初仕事が保守の牙城である検察の征伐にあることを明白に示しています。
再現する李朝の党争
――要は、保守の息の根を止めるための組織ということですね。
鈴置:その通りです。さらに、左右の泥沼の戦いの中で、政治を安定させるためのルールも破壊されたことに注目すべきです。
秋美愛長官は4か月間に3回も指揮権を発動しましたし、検事の人事権にも介入しました。韓国憲政史上、指揮権発動は過去に一度あっただけです。法務部長官が検事総長の懲戒を要求するのは初めてのことです。
韓国の内部対立はこれまでとは異質の次元に入ったのです。「韓国人のいつもの内輪もめ」と見過ごしてはなりません。
――韓国人も「異次元」と見ているのですか?
鈴置:ええ、危険な状況になってきたと見る人が増えています。依然として新聞は政界と同様に保守と左翼に分かれ、相手を非難し合っています。が、冷静に自分の国を見つめる韓国人からは「李朝時代の党争の再現だ」との、ため息が漏れてきます。
李氏朝鮮の指導層は派閥に分かれ、激しく戦いました。韓国では「党争」と呼びます。派閥の間に大きな意見の違いがあったわけではなく、対立が対立を呼ぶ単なる権力闘争でした。李朝はこの党争により疲弊し、国家としての判断を誤ることもしばしばありました。
西洋が東洋を侵略してきた19世紀、日本が上手に対応したのに比べ、朝鮮が失敗して日本の植民地に転落したのも「党争」によるところが大きいと韓国では信じられています。
――その党争が今、始まった……。
鈴置:ええ。左右が相手を倒すことに全力を挙げる。検察への人事介入や指揮権発動といった、歯止めのない戦いを防ぐ禁じ手が安易に使われるようになった。これでは李朝時代と変わらない――と識者は嘆きます。
韓国人が「党争」を比喩に使い始めたら、状況が相当に深刻と考えるべきです。なにせ、国を滅ぼした主因が再現した、という認識なのですから。
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