五輪直前に自殺「円谷幸吉」は悲劇のランナーか 27年後の後日譚(小林信也)

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谷口浩美を祝福

 円谷の逸話には後日譚がある。旧知のトレーナー岩崎由純が、谷口浩美(元マラソン選手)から聞いた話だ。後に私も谷口から直接確認した。

 91年、東京で開かれた世界陸上のマラソンで、谷口は優勝した。レース後、競技場を出ようとすると、マラソン門付近で中年のご婦人が歩み寄ってきた。

「弟の思いを果たしてくださってありがとうございます。この国立競技場で、日本のマラソンランナーがいちばん高いところに日の丸を揚げてくれる日を私たちはずっと待っていました。今日、その願いが叶いました。本当にありがとう」

 円谷幸吉の実姉だった。谷口はその時、円谷を知らなかった。隣りにいた宗猛が直立不動で挨拶するのを見て、慌てて頭を下げた。東京五輪から27年後。谷口は、競技場で贈られた大歓声と金メダルにも増して貴重な謝辞をスタジアムの片隅で贈られた。もうその国立競技場はない。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。「ナンバー」編集部等を経て独立。『長島茂雄 夢をかなえたホームラン』『高校野球が危ない!』など著書多数。

週刊新潮 2020年12月10日号掲載

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