コロナ禍での弱点はDXで強みに変える――西川弘典(東急不動産HD代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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オフィスはなくならない

佐藤 逆に通勤先となるオフィスはいかがですか。

西川 あまり影響を受けていませんね。空室率も1%以下の低水準で推移しており、大きなビルでの解約はありません。

佐藤 いま主力となっているのは、このオフィス事業ですね。

西川 そうです。弊社はもともと長期分譲事業が中心で、田園都市線沿線開発や千葉のあすみが丘など大規模な宅地開発が代表的事業でした。そのビジネスモデルが、バブル崩壊で地価が下落し、難しい状況に追い込まれます。その後にビル事業に業種転換を図りますが、見通しが立ってきたところにリーマンショックが起きました。その後、賃貸オフィスを中心に安定利益が積み上がり、積極投資をしようとしていた時に今度はコロナがやってきた。思えば、こういった景気動向や世の中の動きに合わせて当社グループは業種転換を図り、事業の柱を作ってきたと言えます。

佐藤 今回、大企業を中心にリモートワークが定着して、いきなりオフィス不要論が出てきました。でも、それは行き過ぎじゃないですか。

西川 まったく同感です。リモートになればなるほど、実際に対面で会うことが重要になってきます。弊社は東急プラザの建て替えや旧本社の建て替えなど、渋谷で新しいオフィスビルを開業させましたが、そこに入っていただいた多くがIT企業でした。

佐藤 インターネットを扱う会社などですね。

西川 はい。例えば、IT業界で名を馳せる会社の社長さんは、緊急事態宣言の出る前から「原則全員リモートワーク」と指示されて、弊社としては当初、ビルの契約は今後どうなっていくのだろうと心配していました。でもその後、「コミュニケーション貯金」があったから在宅勤務にスムーズに移行できた、と語られたんですね。そしてコミュニケーション貯金を使ったらまた積み立てないと、とも発言された。

佐藤 オフィス不要論者ではなく、必要論者だった。

西川 世界的に有名ないくつかのIT企業も同じような発想をしていると思います。リモートワークを前提に会社を動かそうとしたら、生産性も上がらないし、ブレイクスルーも起きない。だからシリコンバレーに戻って、創造性を発揮しやすいオフィスを作った。

佐藤 それがシリコンバレーを特別な場所にしたわけですね。

西川 さらに世界的先進企業の家族的な感じでお互い協力し合うという雰囲気は、リモートでは作れないと断言しています。

佐藤 オフィスの構造的な重要性がわかっている。

西川 弊社が入るこのビルは「渋谷ソラスタ」と言いますが、ここは提案型のオフィスとなっていて、生産性を高めるさまざまな仕掛けを取り入れています。

佐藤 新しいビルですね。いつ入られたのですか。

西川 昨年3月に竣工し、8月に入居しました。役員以外はフリーアドレスで、立って仕事をしたり、寝転がって仕事をする場所があります。また自然音やアロマを取り入れた場所や、集中したい人用の個室もある。変わったところでは、エクササイズバイクを漕ぎながらアイデア出しする場所がありますよ。

佐藤 新しいオフィスの見本市ですね。

西川 私はここに移転する時の担当役員でしたが、役員の言うことは聞かなくていいから好きに作れと部下に言ったら、ほんとうに何も相談しに来なかった。いい部下を持ちました(笑)。

佐藤 古代ギリシアに由来する、場所を表す「トポス」という概念があります。ただの場所ではなくて、何かを発見する場であるとか、空間的な配置を示すなど重層的な意味を持ちます。これをよく表しているのが、茶道です。

西川 茶道ですか。

佐藤 茶室では座って前に扇子を置きますね。相手と自分を分け、相手に対して遜(へりくだ)ることを表すと説明されますが、扇子によって別々の空間を作っているんですね。

西川 なるほど。

佐藤 あるいは喫茶店のアルバイトとしてカウンターの中に入ると、店の見え方が変わってきますね。それと同じで、オフィスがあることによって、またそのオフィスのあり方によって、モノの見え方や発想は変わってくると思います。

西川 そもそもオフィスは仕事を進める上で、上司や同僚に相談する場所として重要ですよ。

佐藤 どうしてもマニュアル化できないことがありますよね。着物の着付けも、本は何種類も出ていますが、一人ではなかなかマスターできない。

西川 いま残業というとネガティブにとらえられますが、私が担当者だったころは残業時間には普通の就業時間より緩んだ感じがあって、先輩に声をかけやすかった。マニュアル化できないことを覚えるには絶好の機会でした。不動産であれば、土地買収のプロである大先輩であっても、あの地主がどうしても売ってくれないのですが、と相談できる。まあ、武勇伝を披露されて、それを信じて痛い目に遭ったりもしましたが(笑)。

佐藤 残業を全面的に禁止して9時5時で仕事をすればいいとなったら、若い子はスポイルされてしまいます。

西川 いまフリーアドレスでフレックスタイムにして、とても自由に働けるわけだから、若い人には、時間も空間もツールも有効活用して、縦横のコミュニケーションを積極的に取りなさい、不必要な話もどんどんしなさいと言っています。

渋谷をどんな街にするか

佐藤 渋谷には御社のほか、先ほどお話に出たインターネット企業もそうですが、やはりIT系の会社が多いのですか。

西川 ITやコンテンツ系の会社は多いですね。

佐藤 渋谷はとても面白い街だと思います。これは経験則ですが、その国の政治の中心地から半径5キロ圏内とその外側は、情報空間としてかなり違います。5キロ圏内には情報は集まるのですが、中心に引っ張られて、そのルールでいろんなことが組み立てられてしまう。渋谷がどうして若者や新しいIT企業の街になるのかといえば、中央との距離だと思うのです。

西川 確かに霞が関に近かったらそうはならないでしょうね。

佐藤 お店にしても、渋谷は密談には向かない。

西川 接待に使う店が少ないと、よく言われます。

佐藤 逆に渋谷から5キロ圏と考えると、多くの大学が入ってきます。

西川 大学と居住エリアも入ってきますから、非常に多彩な地域です。広域渋谷圏の再開発は、いま東急グループ全体で進めており、あらゆる世代が集えて、かつ中心となる世代の交代が順調に進むような街を作れないか模索しています。まずはオフィス不足の解消を図りますが、映画、音楽などの文化基盤を生かしたアジアのエンタテイメントシティも目指しています。

佐藤 巨大開発事業ですが、止まらず予定通り進めていくのですね。

西川 もちろんです。コロナのような予期せぬクラッシュは、10年くらいのタームで起きるものです。今回は、弊社の事業ウイングの広さが弱点になりました。でも顧客との接点の多さは、コロナ禍の下で進むデジタル化では有利に働きます。多くのお客様の行動履歴からデジタルとリアルを複合したサービスが提供できるからです。

佐藤 そうなれば事業ウイングの広さは強みになります。

西川 まさにその通りで、弊社はすでにDX(デジタルトランスフォーメーション)推進室を作って、いまそこに取り組んでいるところです。

西川弘典(にしかわのりひろ) 東急不動産HD代表取締役社長
1958年北海道生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。82年東急不動産入社。リゾート部門、ウェルネス部門、管理部門などを経て2004年リゾート事業本部資産企画部統括部長。10年執行役員総務部統括部長、13年東急不動産HD執行役員、16年同社専務、17年東急不動産代表取締役。20年4月、東急不動産HD社長に就任。

週刊新潮 2020年12月3日号掲載

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