世界の趨勢「頻回検査」しか新型コロナ拡大は防げない 医療崩壊(44)

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「ずっと帰省を控えていたのですが、親も高齢なので、この年末年始は故郷に帰省したいのですが、どうすればいいでしょうか」

 筆者が診療する「ナビタスクリニック新宿」を受診する患者から、このような質問を受けることが増えた。新型コロナウイルス(以下、コロナ)の第3波が拡大し、帰省中に年老いた両親にうつすことを心配するからだ。

 厚生労働省や自治体などから、「症状がある場合には外出を控えるように」と注意喚起されてはいる。しかし、コロナは無症状の感染者が少なからず存在する。本人が無症状であっても、帰省先の家族にうつす可能性は否定できない。

 私は、このような質問を受けると、

「帰省の直前にPCR検査を受けるといいです。できれば2回受けて、両方とも陰性なら、まず大丈夫です」

 と答えることにしている。

 ナビタスクリニックの場合、コロナのPCR検査費用は2万円だ。これに医師の診察料3000円と消費税が加わる。2回受けると、約5万円となり、大きな出費だ。

 ただ、検査しないまま帰省して不安なまま過ごすよりも、検査を受けることで、陰性なら安心できるし、陽性なら帰省を中止できるので、父母をリスクに曝さずに済む。年に1回の帰省なら、負担してもいいと考える人が多いのではなかろうか。この話をすると、

「年末が近づけば、検査をお願いします」

 と回答する人が多い。

問題は無症状感染者

 北半球をコロナ第3波が席巻し、PCR検査の重要性が再認識されている。なぜだろうか。それは、第3波では無症状感染者の存在が大きな問題となっているからだ。

 たとえば、エッセンシャル・ワーカーに対するPCR検査を独自に実施している世田谷区の場合、10月2日から11月1日までの間に、45施設576人の介護職員を対象に検査を実施したところ、陽性者はわずかに2人(0.3%)だったが、11月2日から22日に実施した45施設960人を対象とした検査では、陽性者は18人(1.9%)まで増えていた。

 さらに、特養老人ホーム「博水の郷」では、11月13、14日に職員61人を検査したところ、10人が陽性で、その後、職員3人と利用者2人が陽性となった。驚くべきことに、いずれも無症状だった。

 無症状感染者が問題となっているのは日本だけではない。米国からも同様の報告がある。11月11日に、医学誌の最高峰である米『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』オンライン版に掲載された、米海軍医学研究センターの臨床研究は興味深い。

 この研究は、1848人の海兵隊員の新兵を対象としている。彼らは、サウスカロライナ州のシタデル軍事大学で訓練を開始するにあたり、14日間の隔離下におかれた。その際、訓練開始の2日以内に1回、7日目、14日目に1回ずつ合計3回の検査を受けた。一連の検査で51人(2.8%)の感染が判明した。

 意外だったのは、感染した51人のうち46人が無症状だったことだ。残る5人も症状は軽微で、予め定められた、検査を必要とする症状は呈していなかった。臨床所見から感染を疑われたケースは1例もなかった。

 さらに注目すべきは、51人の感染者のうち35人は、初回の検査で陰性だったことだ。多くは入所後に感染したことになる。無症状の感染者を介して、集団内で感染が拡大したことを意味する。

これまで、 無症状の感染者が、どの程度、周囲に感染させるかはっきりしたことがわからなかった。今回の研究は、無症状感染を扱った研究で世界最大だ。その対応を考える上で貴重である。だからこそ、世界最高峰の医学誌である『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』が掲載し、11月12日には『ウォール・ストリート・ジャーナル』が「新型コロナの症状観察、無症状感染者をほぼすべて見落とし=研究」という記事で紹介した。

 しかし残念なことだが、私の知る限り、日本の全国紙でこの研究を報じたところはない。

病院や介護施設が危険に

 無症状の感染者が巷に溢れれば、感染拡大は防ぎようがない。では、具体的に、どのような場所が危険なのだろうか。それは病院や介護施設だ。

 11月30日の『神戸新聞』によれば、兵庫県内では22カ所のクラスターが確認されているが、このうち14カ所は病院か介護施設だ。第1波で問題となった居酒屋、屋形船、合唱団、相撲部屋などでの発生例は減少している。

 医療機関や介護施設が危険なのは、常に満床の施設が多く、ソーシャル・ディスタンスをとりようがないからだ。利用客が減少し、はからずもソーシャル・ディスタンスがとれた飲食店とは対照的だ。

 医療機関の場合、超一流とされる施設でもクラスターが発生している。11月16日、虎の門病院(東京都港区)は、職員や患者11人が集団感染したと公表した。その中には血液内科病棟も含まれている。血液内科は感染対策のプロ集団で、虎の門病院は造血幹細胞移植で日本のトップだ。そんな虎の門病院血液内科病棟で院内感染が防げないのだから、あとは推して知るべしだろう。

 これは日本だけの現象ではない。11月20日には、米メイヨークリニックで、900人の集団感染があったことが明らかとなった。同病院は、『USニューズ&ワールド・レポート』の「全米の優れた病院」などの病院ランキングで繰り返し1位にランキングされている。

検査は「精度」より「頻度」

 どうすればいいのだろう。全職員、患者を対象に頻回に検査して、感染者を「隔離」するしかない。このことは感染対策の鉄則で、最近の関心は、どのように検査するかだ。

 11月20日、米コロラド大学の研究チームが米『サイエンス・アドバンシーズ』で発表した研究が興味深い。

 彼らのシミュレーションでは、大都市で大規模な検査を週2回実施する場合、精度は低いが検体採取から診断までの時間が短い迅速検査(主に抗原検査)では、基本再生産数(感染者1人が感染させる平均的な人数:R0)が80%低減できる一方、検体採取から診断までに最大48時間かかる精度の高いPCR検査では、基本再生産数をわずか58%しか低減できなかったという。彼らの主張を信じれば、検査は精度より頻度が大切ということになる。

 実は、世界はこの方向で動きつつある。

 たとえば、米政治ニュースサイト『ポリティコ』によると、ジョー・バイデン次期米大統領は、新政権下でコロナ対策にあたる専門家チームを立ち上げ、安価な迅速検査の利用推進など、具体的な戦略の策定を進めている。これは感染対策だけでなく、経済対策も念頭においた対応だ。頻回の検査によって感染していない人を確認し、経済を回していくのだ。

 この動きは米国政府に限った話ではない。スロバキアでは、10月31日から全国民を対象とした抗原検査が始まっているし、英スコットランドのセントアンドルーズ大学では、クリスマス休暇が迫る中、全学生を対象に簡易抗原検査のスクリーニングを開始した。休暇中に帰省を予定している学生は、3日あけて2回検査を受けるように求められている。これは帰省による感染拡大を防ぎたい英国政府の方針だ。

 さらにシンガポールでは、政府が営業を禁止しているカラオケやクラブを再開するにあたっては、退店予定時から24時間以内に客がPCRか抗原検査で陰性を証明することを求める社会実験を準備している。

 世界各国が検査体制を強化し、いかに経済と両立するか試行錯誤を繰り返しているのがわかる。

 こうなると、検査技術も進歩する。11月27日、島津製作所は全自動のPCR検査システム「遺伝子解析装置AutoAmp」の販売を開始したと発表した。このシステムを用いれば、採取した唾液などの検体をセットするだけで、最短90分で結果が分かるらしい。熟練した検査技師がいなくても検査できる。価格も約200万円で、中小病院でも導入可能だ。このような技術を活用すれば、コロナ対策は一変する可能性がある。

検査を増やさない厚労省

 ところが、検査拡充という世界の流れの中で、唯一の例外が日本だ。

 まず、PCR検査数が桁違いに少ない(図1)。誰の差し金だろう。それは厚労省だ。シンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ」(船橋洋一理事長)が10月8日に公開した調査結果によれば、厚労省は、

「PCR検査は誤判定がある。検査しすぎれば陰性なのに入院する人が増え、医療崩壊の危険がある」

 という内部資料を作成し、政府中枢に説明していたことがわかっている。

 厚労省は、PCRの偽陽性を重視しているが、こんなことが真顔で議論されるのは日本だけだ。もし、厚労省が主張するように偽陽性が高頻度で起きるなら、世界中で大問題になっているはずだ。ところが、世界で「陰性なのに入院する人が増え、医療崩壊」している国は存在しない。

 コロナの流行が始まった当初、コロナと類似したウイルスが環境中や人体内に存在し、偽陽性の可能性が否定出来なかったころ、このような懸念を抱く専門家がいたことは理解できる。

 ただ、その後の臨床研究で、この可能性は否定された。厚労省は早急に方針を転換すべきだ。ところが、厚労省は未だに態度を変えていない。

 11月25日の衆議院予算委員会では、枝野幸男立憲民主党代表からPCR検査が増えない理由を質問された田村憲久厚労大臣は、

「ランセットに掲載されている論文だが、(感染の)蓋然性が高いところで定期的に検査をやると、当該集団から感染を29~33%減らすことができるが、一般の集団に広く検査をした場合には、接触者調査とこれに基づく隔離以上に感染を減らす可能性は低い。だいたい2%くらいしか自己再生産を下げる(下げない)」

 と答弁している。さらに、

「アメリカは1億8000万回検査しているが、毎日十数万人が感染拡大している。こういう論文が載っているわけですので、以前から申しているように、蓋然性の高いところはしっかりやっていくが、すべての国民に(検査をする)という話になると、強制的に一定期間で、すべての地域のその地域を(検査を)やれれば、一定の効果があるが、日本では強制ができない。これが世界で起こっていることだ。アメリカ、ヨーロッパでは、日本以上に検査を行っているが、感染拡大は日本以上に起こっている」

 と見解を述べた。

 しかし、これは医学的に明白な間違いだ。

大臣答弁の誤り

 田村大臣が引用したのは、6月16日に公開し、『ランセット感染症版』10月号が掲載した「CMMID COVID-19ワーキンググループ」のモデル研究だが、このグループは、11月10日に「コロナ感染を検出するための様々な頻度での無症候感染者へのPCR検査の有効性の推定」という論文を発表し、無症状の人へのPCR検査が有効と意見を変えている。

 さらに、前述したように海兵隊員を対象とした「実証」研究が『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』で発表され、議論の余地はなくなった。

 田村大臣の答弁の問題は他にもある。

「アメリカ、ヨーロッパでは、日本以上に検査を行っているが、感染拡大は日本以上に起こっている」

 と、日本のコロナ対策を欧米と比較して、成功していると評価したことだ。

 世界中が検査体制を充実させるのは、感染者を減らすことが、人命を助けるだけでなく、経済を活性化させると考えているためだ。田村大臣の答弁には、この視点が抜け落ちている。

 7~9月期のGDP(国内総生産)推計が公表され、日本のコロナ対策1人負けは更に進んだことが明らかとなった。表1は、東アジア各国の状況だ。死亡数、GDPとも最悪である。経済ダメージは感染者が爆発的に増加した欧州諸国(表2)のうち、イタリア、フランス、ドイツより悪い。

 日本のコロナ対策費の総額は約234兆円で、GDPの42%だ。これは主要先進7カ国で最高だ。にもかかわらず、この結果である。やり方が悪いと言わざるを得ない。その象徴がPCR検査だ。

 余談だが、日本のコロナ対策は理解に苦しむことが多い。最近のニュースではコロナ病床の不足を訴える。たとえば、「『既に限界…今が対策のラストチャンス』新型コロナでひっ迫する医療現場、重症者は最多の462人」(『東京新聞』11月30日)という感じだ。確かに、医療現場の窮状は察して余りある。記事の通りなのだろう。

 ただ、この記事を読んで、「日本でこんなに大変だったら、感染者が多い欧米はどうなっているのだろうか」と違和感を抱かざるを得ない。

 表3は、主要国の感染者数、死亡者数、医師・病床数の一覧だ。「欧州の優等生」と言われるドイツの場合、人口あたりの感染者数・死者数は日本の10.9倍、11.3倍で、医師数こそ1.7倍だが、病床数は6割しかない。これでも、ネットを検索すれば、「ドイツが医療崩壊しないワケ、現地医師『病院は臨戦態勢』」(『TBS NEWS』 4月8日)のような記事が多数でてくる。

 どうして、感染者・死者がドイツの1割以下の日本で医療制度が崩壊の瀬戸際に追い込まれるのだろうか。

 つまるところ、日本は医師や病床数など医療リソースを有効に活用していないと言わざるを得ない。日本の医療は診療単価から医師数、病床数まで、厚労省が統制している。現状に合わせて、柔軟な対応ができない。これも厚労省の責任が重い。

「自ら検査」を

 では、コロナ対策はどうすればいいだろう。知人の台湾人は、

「感染を克服しなければ、経済は活性化しません。これはSARSの流行から学んだ教訓です」

 と言う。

 台湾は約半年にわたり、コロナの国内発生例がない。海外との渡航は制限しているが、日本の「Go To キャンペーン」に似た事業は実施している。11月27日には、2020年のGDP対前年比推定を8月末の1.56%増から2.54%に上方修正した。

 一方、日本の経済界は暗いニュースが続く。コロナ感染のエピセンター(中心地)となった歌舞伎町は、「ゲーセンの光、奪ったコロナ 歌舞伎町の老舗も閉店」(『朝日新聞』11月26日)、札幌すすきのは「飲食『脱すすきの』加速 危機長期化、1~2割が閉店・休業」(『日本経済新聞』11月26日)と報じられる。感染拡大が地元経済に壊滅的ダメージを与えていることがわかる。

 この傾向は日本だけではない。「欧州の劣等生」とされる英国の2020年のGDPは前年比マイナス11.3%で、過去300年で最悪を予想されている。台湾の知人が言うように、感染をコントロールしなければ、経済活性化はなさそうだ。

では、我々 は何をすればいいか。政府に「陳情」「提言」するより、自ら行動するしかない。その際に重要なことは、世界のコロナ研究の進展を踏まえ、合理的に振る舞うことだ。

 現在の世界のコンセンサスは、「頻回に検査すること」。

 前述の、世田谷区が介護施設を対象に独自に検査を実施していることは、この典型だ。11月27日には、神戸市も同様の検査を実施する方針を表明した。この動きは、確実に広まりつつある。

 では、医師ができることは何だろうか。国民の立場にたって、個別に助言することだ。私の助言の1つが、帰省前のPCR検査だ。年末年始の帰省にあたって、マスク、ソーシャル・ディスタンスとともに、是非、ご検討いただきたい。

上昌広
特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。
1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

Foresight 2020年12月7日掲載

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