38年前に来日したマラドーナの思い出 サッカー少年むちゃぶり要求にどう答えたか
Jリーグ発足前の日本サッカー黎明期、東京12チャンネル（現・テレビ東京）で土曜日の夕方に放送されていた「三菱ダイヤモンド・サッカー」を覚えているだろうか。当時は珍しかった海外のサッカー試合が観られると、サッカーファンたちを魅了した番組である。同番組で放送開始から20年間、司会を務めたのがサッカー解説者の金子勝彦氏（86）だ。金子氏に、11月25日に60歳で急逝した元アルゼンチン代表、ディエゴ・マラドーナとの思い出について語ってもらった。
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「あの日（26日）は午前3時半頃にふと目が覚めてしまいました。ラジオをつけると、ディエゴが亡くなったというニュースが流れてきて……。私の書斎には彼のポスターが貼られたゴミ箱があります。20年以上前に、『ナポリ』のユニフォームを着た全盛期の彼の写真を切り貼りした、オリジナルのゴミ箱です。明け方、私はそのゴミ箱に向かってお線香を上げました」
と、金子氏は、マラドーナ逝去の報を受けた時の衝撃を、こう振り返る。
金子氏がマラドーナに会った中で最も印象に残っているのは、1982年1月に来日した時だ。まだ彼が欧州に渡る前、アルゼンチンの「ボカ・ジュニアーズ」でプレイしていた頃の話である。
「確かデパートの販促イベントだったと記憶しているのですが、彼を囲むイベントの司会を私が担当したのです。当時のボカの監督と一緒にディエゴが登壇した。500人は集まっていたと思います。参加者の9割以上が男性で、その多くは中高生くらいの少年たちだった」
少年たちはこぞって挙手し、マラドーナを質問攻めにしたという。
「彼らは『どうやったら上手くなれるんですか』みたいな奔放な質問ばかりするんです。けれどディエゴは、それに一つずつ優しく答えてくれた。『リフティングのコツを教えてください』って言われたら、実際に壇上でキュキュっとボールを蹴ってね。その様子は、名人のけん玉を見ているよう。もちろん、ボールを落とすなんて、一度たりともありませんよ」
マラドーナの髪の毛をねだった少年
2時間くらいイベントが続いた終盤で、ある少年が質問に立った。金子氏が生涯、忘れ得ぬ少年である。彼は壇上のマラドーナに向かい、「お願いです。あなたの髪の毛をください」と懇願したのだ。
「司会の私としては、『さすがにそれは……』と思ったのですが、ディエゴは笑って『いいよ』と。そして右手で、もじゃもじゃの縮れっ毛を掴み、かきむしるように抜いてくれた。けっこうな量で100本以上はあったんじゃないかな。『痛くないんですか』と聞いたら、涼しい顔で『ぜんぜん』と。日本人の髪の毛と違って柔らかいから、抜くというよりは途中でちぎれた分が多かったのかもしれないですね。少年は涙を流して喜び、壇上まで飛び出すように駆けて来て、髪の毛をディエゴから受け取っていました」
その後、金子氏は“おこぼれ”に預かったという。
「彼の手にはまだ大量に髪の毛が残っていて、それを私にくれるという。私は『グラシアス（ありがとう）』と受け取り、大事にハンカチに包んで持って帰りました。フワッとした、細くてきれいな髪の毛でしたね。ただ、その後どこかになくしてしまったんですよ……。イベント後、私は身振り手振りで彼に話しかけました。彼はまったく気取ったところがなくて、気さくで、人懐っこく、言葉は上手く通じなくても、すぐに仲良くなれました」
金子氏はイベントで髪の毛をねだった少年が忘れられず、2000年頃、雑誌でエッセイを書いた際にこのエピソードを振り返り、もしこの文章を目にしたら名乗り出てほしいと呼びかけたこともある。だが、少年から連絡が来ることはなかった。
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