10日間で8兆円稼いだアリババ 世界を飲み込む中国経済にアメリカ、日本は――

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 きらびやかな照明に彩られた会場には、割れんばかりの歓声が鳴り響く。巨大なスクリーンに映し出されたのは、しかし、米大統領選で勝利を確実にしたバイデン氏の姿ではなかった。

 中国で11月11日は「一」の文字が並ぶことから「独身の日」とされる。ネット通販大手・アリババグループは、浙江省の特設会場でこの日を祝う盛大なイベントを開催。アリババが2009年から続けるこの大々的なバーゲンセールで、今年、スクリーンに刻まれたのは“4982”という数字だった。これは、1日に始まった先行セールから「独身の日」当日までの売り上げが合計で4982億元(約7兆9千億円)に達したことを意味する。

 日本の百貨店の年間売上高である5兆7547億円を大きく上回るどころか、10兆円規模とされるコンビニ市場に迫る勢いだ。およそ8兆円ものカネを、アリババはわずか10日余りで荒稼ぎしたことになる。

 経済評論家の山崎元氏も驚きを隠せない。

「日本の高度経済成長期のように急激な発展が、14億人という規模で沸き起こっている。その迫力に圧倒されます。中国は我々の想像を超えるスピードとスケールで世界経済への影響を強めている。その意味で、独身の日におけるアリババの取引額は象徴的です」

 新大統領を決めることすらままならないアメリカを尻目に、もうひとつの超大国・中国は虎視眈々と世界覇権に狙いを定めてきた。ここ最近も、鬼の居ぬ間にとばかり中国は周辺国への挑発を強めている。

 産経新聞の矢板明夫・台北支局長によると、

「米国が大統領選で身動きの取れないタイミングを狙って、中国は台湾に圧力をかけ続けています。10月末には4日連続で中国軍の戦闘機が防空識別圏に侵入し、台湾海峡周辺での軍事演習も繰り返している。10月10日には国営放送CCTVに、中国国内で摘発された“台湾人スパイ”を囚人服姿で登場させました。ただ、逮捕者はシンポジウムや論文作成のために情報収集を行っていた学者など、工作員とは思えない人物ばかり。背景にあるのは、トランプ大統領と結びつきの強い蔡英文政権の存在です。台湾への圧力は、米台の接近に対する中国側の報復と捉えられています」

 こうした高圧的な側面に加え、中国を増長させる原因となっているのは、飛躍的な経済発展である。

「中国はいま、アメリカに代わって世界の覇権を握ろうとしています。それも、かつてのアメリカを彷彿させる“王道路線”を歩んでいるのです」

 シグマ・キャピタルのチーフエコノミスト、田代秀敏氏はそう指摘する。

「第2次大戦後、アメリカはソ連と対峙するため、自国の巨大な市場を開放して、それまで敵国だった日本やドイツなどの国々から大量の工業製品を輸入し始めました。ソニーやホンダの急成長を後押しし、日本の戦後復興を支えたのはアメリカ市場に他なりません。そのせいで、日本をはじめとする各国は“お得意様”であるアメリカの意向に逆らえなくなったわけです。一方、アメリカに比肩する高度な科学技術を有していたソ連は、西側の巨大市場に参入できず、徐々に国力を落として世界的な求心力を失っていきました」(同)

 中国はまさに“宿敵”と同じやり方で世界を屈服させようとしているのだ。

 実際、中国は「世界の工場」だけに留まらず、「世界の市場」となりつつある。

「アリババのセールでは、資生堂や花王といったメーカーの商品が売れ行きの上位に名を連ねました。海外ブランドの取引高ランキングでも日本が首位に輝いています」(田代氏)

14億総中流

 日本の主力輸出商品である自動車市場も、もはや中国抜きには語れない。

 経済部記者によれば、

「昨年の中国での自動車販売台数は2577万台で世界1位でした。2位のアメリカ、3位の日本は、それぞれ1748万台と520万台。つまり、日米が束になっても中国には敵わない。トヨタの好調を支えるのも中国市場で、10月の新車販売台数は前年同月比33%増を記録しています」

 コロナ禍でも衰えを知らない購買力は、今後、ますます底上げされそうだ。

「実は、創立100周年を来年に控える中国共産党は、今年中に“小康社会(ややゆとりある社会)”の全面的完成を目指してきました。日本人にとっては懐かしい響きのある“総中流社会”が到来するわけです。とはいえ、わが国が“1億総中流”だったのに対し、あちらは“14億総中流”。ネットの普及で個人が世界中と繋がったいま、その影響力は日本の14倍どころでは済まないでしょう」(同)

 確かに、一昔前まで主な移動手段が自転車だった中国で、皆が車を買うようになれば……。

 中国マネーに呑み込まれそうなのは何も日本だけではない。バイデン政権が樹立されれば、中国はアメリカへの攻勢も強めそうだ。

 アメリカ政治に詳しい、福井県立大学の島田洋一教授によれば、

「バイデン氏は地球温暖化を“人類存続への脅威”と主張して、その対策を最重要課題のひとつに掲げています。そのため、トランプ政権が決めた“パリ協定”からの離脱を批判し続けてきました。当然ながら、バイデン政権は、世界最大のCO2排出国である中国に協議を持ち掛ける必要がある。ただし、習政権は交渉のテーブルにつく見返りにさまざまな条件を提示してくるでしょう」

 その条件のなかには、米台で合意した台湾への武器輸出の禁止だけでなく、ファーウェイなどに対する禁輸措置の解除や、中国製品への懲罰関税の撤廃も含まれる。しかも、大統領選前の9月22日、習近平氏は2060年までにCO2排出量を実質ゼロにする方針を表明。バイデン氏に秋波を送った格好だ。両者の交渉が、中国経済にとって更なる追い風となるのは間違いない。

 経済評論家の藤巻健史氏はこう分析する。

「トランプ大統領の振る舞いや言動はたびたび批判を浴びてきましたが、彼の本質は政治家ではなく“ビジネスマン”です。アメリカを代表する不動産王としてビジネスの世界で生きてきたがゆえに、経済で後れを取ることがどれほど脅威であるかを理解している。対中強硬姿勢を貫いてきたのも、アメリカが中国に追い抜かれることに危機感を覚えたからでしょう。その点、“政治家”であるバイデン氏が大統領になれば、直近の利益のために中国と経済的な協力関係を築こうとするはず。たとえ政治的なリスクは高くても、それを補って余りあるリターンが見込める。いかにアメリカといえど、中国の経済力を無視することはできません」

 巨大なマーケットを背景に覇権を狙う習近平政権。世界が中国にひれ伏す前に、この野望を阻止できる選択肢はあまりにも少ない。

週刊新潮 2020年11月26日号掲載

特集「米国混乱を尻目に『アリババ』たった10日で8兆円大商い! 習近平の『14億人巨大市場』に『日本』『世界』がひれ伏す」より

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