史上最高打率を記録したのは西武の野手…ファンを沸かせた“歴代日本シリーズ男”列伝

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 コロナ禍で異例のシーズンを迎えたプロ野球も11月22日、日本シリーズが開幕した。「日本シリーズ男」というと、MVPに4度輝いた長嶋茂雄(巨人)やMVP、敢闘賞併せて3度受賞の稲尾和久(西鉄)、近年では2度のシリーズ出場でいずれもMVPを獲得したロッテ時代の今江敏晃を思い浮かべるファンも多いだろう。だが、シリーズ男の呼称は、チームの脇役でありながら、主役を食うほどの大活躍を演じた“意外性の男”にも使われる。そんな“主客逆転劇”も、短期決戦ならではの妙味だ。

 シーズンではわずか4安打だったのに、シリーズで2本塁打を含む4安打6打点と神がかりの活躍を演じたのが、1970年のロッテ・井石礼司だ。慶大時代に4番を打ち、入団1年目からレギュラー獲得も、68年にアルトマン、ロペスの両助っ人が入団してからは出番を奪われ、2年間鳴かず飛ばず。

 雪辱を期した70年も、キャンプ最終日に右手中指を痛め、2ヵ月リタイア。1軍昇格直後、今度は他の選手が振ったバットが右手中指に当たる不運に見舞われ、3ヵ月も2軍暮らしが続く。「今の戦力ではもう出番がないし、今年が最後」と覚悟を決めた。

 だが、「お前はまだまだやれるんだ。けっしてあきらめるな」という大沢啓二2軍監督の後押しもあり、9月中旬、ようやく1軍復帰が叶った。そして、巨人とのシリーズ第2戦、8回に代打で登場した井石は、初打席でいきなり左越え2ランを放ち、第3戦でも代打安打を記録。さらに翌日の第4戦、2度あることは3度あった。

 1対3の1回裏、2死二、三塁のチャンスに、濃人渉監督は「井石のツキを信じて勝負に出た」と代打を告げる。「あきらめていたシリーズのメンバーに選ばれた。僕のバットには執念がこもっている」の思いを込めた井石のひと振りは、起死回生の逆転3ランとなって東京球場の右翼席に突き刺さった。

 3回にも右犠飛で貴重な追加点を挙げたあと、7回には左翼への本塁打性の大飛球を高田繁にジャンプキャッチされ、「もう1本打ってたところだったのに……」と悔しがったが、一人で4打点を挙げ、チームの唯一の勝利に貢献。敗れたチームのMVPに相当する敢闘賞を受賞した。

 レギュラーシーズンは29試合出場にとどまったのに、シリーズで“左殺し”の本領を発揮したのが、81年の巨人・平田薫だ。同年、篠塚利夫の台頭により、出番が激減した平田だったが、シリーズの相手は、高橋一三、木田勇、江夏豊ら“左腕王国”の日本ハム。キーマンとして重要度がアップしたのは言うまでもない。

 第1戦では、1対4の8回に江夏から中越え2点タイムリー二塁打を放ち、直後の同点劇につなげた。第2戦も7回に代打安打を記録。篠塚に代わってプロ初の3番を任された第4戦では、「今日は最初から気持ちの集中できる代打のつもりで打席に立った」と初回に左前安打、3回にも木田から左中間に先制ソロを放ち、勝利に貢献した。さらに2勝2敗の第5戦でも、高橋からダメ押しソロを放つなど、4打数3安打の大当たり。対左は8打数6安打と無双のキラーぶりを発揮し、この時点でMVP候補にも挙げられていた。

 だが、8年ぶり日本一が決まった第6戦を右太もも肉離れで欠場。MVPこそ逃したが、通算12打数8安打の打率.667、2本塁打の活躍で、優秀選手賞を受賞した。就任1年目で日本一を実現した藤田元司監督も「(MVP)西本(聖)と平田がチームを活気づけた」と最大級の賛辞を贈っている。

 シーズン中は控えの内野手だったのに、シリーズで“勝利を呼ぶ男”として、チームの16年ぶり日本一に貢献したのが、08年の西武・平尾博嗣だ。

 茶髪のロングヘアという野球選手らしからぬ外見から“チャラ尾”とも呼ばれた平尾は、巨人とのシリーズ第2戦で代打安打を放ち、第3戦で3打数1安打を記録したが、この時点では、シーズン同様、脇役の一人だった。

 ところが、2勝2敗で迎えた第5戦、4回から負傷退場した中島裕之に代わってセカンドで途中出場すると、2対7の9回にクルーンから左越えソロ。焼け石に水的な一発にもかかわらず、渡辺久信監督は大喜びで平尾を出迎えた。この指揮官とナインの一体感が、王手をかけられた西武に、大きな力を与える。

 もう1敗もできない第6戦、6番ファーストで出場した平尾のバットが、シリーズの流れを変える。1回、高橋尚成から左越えに満塁の走者一掃の先制二塁打を放ち、3対1の5回にも、試合を決める左越えソロ。一人で全打点を挙げ、日本一に逆王手をかけた。

 そして、第7戦の東京ドームも、まさに平尾のためにあった。2対2の8回2死一、二塁、平尾はフルカウントから越智大祐のスライダーを中前に弾き返し、決勝点を挙げる。さらに9回2死、ラミレスの遊ゴロの一塁送球をガッチリ掴み、ウイニングボールも手にした。

 中島とともに優秀選手賞に輝いた平尾は「みんなが監督を男にしたいと思ってやってきた1年。最高にうれしいです」と感激をあらわにした。出場5試合で14打数8安打6打点2本塁打の打率.571。02年、04年に続き、3度出場したシリーズ通算打率.410(39打数16安打)は、同じくシリーズ男の名をほしいままにした西武の先輩・大塚光二の.397を抜いて、史上最高打率となった。

 だが、クライマックス・シリーズと日本シリーズを前にした今年10月31日、「選手2人の私物を窃取した」という理由で、西武の2軍打撃コーチの契約を解除された。グラウンド外でも“意外性の男”になるという皮肉な結果は、残念な一事である。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2019」上・下巻(野球文明叢書)

週刊新潮WEB取材班編集

2020年11月25日掲載

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