仏工場閉鎖でブリヂストンが大バッシング あまりに違う日本人とフランス人の働き方
9月16日、ブリヂストンは北フランスにあるべチューン工場を「2021年に閉鎖することを検討」していると発表しました。
1961年から約60年近く続いてきた大手企業の「突然の閉鎖発表」に、従業員、労働組合だけでなく、産業担当大臣をはじめとする政治家やメディアが一斉に批判を始めました。
「言語道断のやり方で言語道断の措置を取る日本企業」
「突然の閉鎖は裏切りだ」
「閉鎖する以外のあらゆる道を模索するべき」
「おぞましいやり方」
など、言いたい放題です。
10月4日には、従業員の家族、子どもを含む1000人以上が「工場閉鎖反対」という幕を掲げてデモを行いました。
TVでもコメンテーターが「ブリヂストンは数十億円の投資ができる大企業。中小企業とはわけがちがう。多額の利益を上げる世界規模のメーカーなのにこんな形で閉鎖するのは理解できない」と、従業員や政府との合意なく閉鎖するのは身勝手だと話していました。
北フランスのベチューンは、1850年代から炭鉱で発展していましたが、1960年代に閉山されてからは、タイヤやプラスチック産業が発展して、現在は国内2位のタイヤ生産地になっています。
人口2万5000人のべチューンにおいて、ブリヂストンはプジョーグループなどに続き従業員数が3番目に大きな企業で、工場の閉鎖は863人の従業員とその家族、関連産業に影響が及ぶため、地元のみならずフランス全体に衝撃を与えたのは間違いありません。
とはいえ、日本人としては当初、一民間企業の工場閉鎖がなぜこれほど非難されるものなのかと違和感を覚えました。
ブリヂストンは、撤退の理由として、べチューン工場が製造している小型タイヤの市場縮小などによりヨーロッパ工場の中で最もパフォーマンスが低いことを挙げています。
それに対して従業員側は、ブリヂストンはポーランドには6400万ユーロ(約80億円)を投資しているのにフランスには600万ユーロ(約7億円)程度しか投資していない。工場の設備老化や、アジア製の安価なタイヤの市場流入によるパフォーマンス悪化は不可避で、閉鎖の正当な理由にはならないと主張しています。
フランス独特の「閉鎖マナー」
米国のタイヤメーカー、グッドイヤーも、2014年にアミアン地方の工場を閉鎖し1,143人を解雇しました。
これに対して大規模な裁判が起こり、今年、元従業員側が勝訴しました。労働審判所は「工場閉鎖は、経済的正当性はない」として、グッドイヤーは元従業員に補償を支払うことになるようです。
一方、フランスのタイヤメーカー、ミシュランも、昨年の10月に619人の従業員を抱える工場の閉鎖を発表しました。しかし、こちらについては裁判や大きなデモは起きていません。この違いは、従業員への対応にあるようです。
ミシュランは、閉鎖を発表する数週間前からタイヤ市場の厳しさ、し烈な競争による窮状などを訴え、7000万ユーロの投資も効果を得られなかったとして労働組合との交渉を開始しました。
早期退職や、フランス国内における配置転換による雇用維持を進め、それによる他の従業員への影響もないことを約束したそうです。
フランス企業であるミシュランは、自国の習慣、従業員の感情を踏まえて事前に動いていた。そのため、工場閉鎖を発表した際もハレーションは起きなかったということでしょう。
企業がある部門や工場を閉鎖する場合、
・労働組合との事前協議
・早期退職や補償、雇用維持などの努力
・経営を継続させるための経済的対策
などが求められるようです。
ブリヂストンも、事前に労組と協議はしていましたが、「突然の裏切り」と言われるなど、従業員の理解は得られていません。
また、収益改善のために、週の労働時間を32.04時間から34.7時間とすることを労組に提案したものの、拒否されたとしています(※フランスは一般的に週35時間労働)。会社側は、従業員が収益改善に協力的でなかったと、不満を抱いたのかもしれません。
勤務時間外に働くことを厭わない日本人従業員に慣れているブリヂストンにとって、フランス人は扱いづらいと感じる場面は、労働時間の交渉時だけではないと思います。
何しろ、フランス企業で管理職を務める“生粋のフランス人”でさえ、「フランスでの経営、雇用、閉業は本当に複雑で難しい」とこぼすほどなのです。
日本では首相も国民に「自助」を求めますが、フランスは労働者を守るために政府が奔走するのが当然で、労働者にとって両国は対極の環境にあると言えます。
フランスでは雇用維持が重要視され、労働者も手厚く保護されているのです。外国企業の工場が撤退する際は、この点を理解しておかないと、今回のようなトラブルになるということでしょう。
フランス人の働き方
そもそも、フランス人と日本人とでは仕事に対する考え方は大きく違います。
フランス人は「生きるために働くのであって、働くために生きているのではない」と思っています。多くの人は、会社のために働こうと思っていません。日本人のように、企業の収益を上げよう、といった奉仕の精神はありません。
ならば、フランス人は働かないのかというと、管理職や経営者は深夜まで残業し、土日も働いています。最近は就職が厳しい状況なので、以前なら引く手あまただった大学院を卒業した人たちも、真面目に就職活動をしています。
ただ、日本人にとっての仕事における「義務」と、フランス人にとってのそれは違うようです。
フランスは契約社会なので、仕事でも契約内容は細かく、きっちり守られる印象です。
夏休みの最後の日に腰を痛めたと、医者の診断書を盾に働かない人もいますし、契約書に含まれた業務でなければ周りの手伝いは一切しない、ということはよくあります。つまり、「契約上の義務」は果たしているので、問題にはならないのです。
日本人から見ると、勤務時間中に雑談ばかりしていたり、遅刻が多かったり、終業10分前に終わらせる人がいたり(もちろん職種や企業、人によりますが)、フランス人は働かないと思いがちです。しかし、大半のフランス人は、契約内容に則って真面目に働いているに過ぎません。
裏を返せば、フランス人から見ると、日本人は働きすぎのようです。
フランスでは日本の「過労死」、「社畜」などの言葉がメディアで取り上げられることも多く、「日本人の働き方は奴隷並みだ」と言われることもあります。私もフランス人と労働時間について話していて、言われた経験があります。
私自身、日本で大学卒業後、上場したばかりのベンチャー企業に就職し、毎日電車のある時間に帰れないのは当り前、会社に泊まり込むことも珍しくなく、土日も出勤するという生活を送っていました。
結果、ストレスと過労による急性胃腸炎と肝機能障害と診断を受けて1週間の入院を余儀なくされ、退職しました。会社の人事には「労災申請をしないように」とも言われました。今思えば、フランスではありえないことです。
私の話は極端な例としても、サービス残業が当たり前で、ブラック企業、パワハラなどという言葉がなくならないのは、一部の企業において、本来守られるべき従業員の健康やメンタルヘルスが疎かにされているからではないでしょうか。「日本の多くの会社員は、有給休暇の半分しか取得していない」という内容がフランスのニュースで取り上げられていたこともあります。
フランスに移住して5年、私は「日本人もフランス人の何分の一かでもいいから、休んだ方が良い」と思うようになりました。
フランス在住の日本人の中には、フランスに来た当初は「コンビニもなく、日本に比べ不便だしフランス人はいいかげん(働かない)、こんなところに長く住みたくない」と思う人もいます。ですが、フランスの会社員は契約で守られているため、「フランスで5年も働くと日本には戻れない」、ともよく言います。
そのため、フランスの日本人経営者は、「フランスに慣れた日本人」を敬遠することがあります。私自身、ある日本人経営者に「フランスに住んでいる日本人は雇いたくない」、「フランス人と結婚した日本人は雇いたくない」とはっきり言われたことがあります。
「日本では真面目に働いていても、フランスに住み、フランスの労働環境を知ると、権利ばかり主張して義務を果たさなくなる」というのです。つまり、日本で働いていて、フランスのことを詳しく知らない日本人の方が扱いやすく、彼らにとっては都合がよいということでしょう。
逆に日本をよく知るフランス人は、日本では働きたくないようです。
数年前、私は知人の日本人経営者が「フランス人を雇いたい」というので、採用を手伝ったことがあり、日本語を流暢に話すフランス人男性の面接をしました。
彼は日本語を話せることを生かした仕事を探していましたが、「勤務地が日本」と話すと難色を示し、「日本で働きたいフランス人はあまりいないと思う、僕も仕事では日本に行きたくない」と言いました。
いつか日本に住みたいとも言っていたし、職務内容も待遇も彼の希望通りのはずでした。今から考えると、彼は日本の労働環境が劣悪という評判を知っていたのでしょう。
11月12日、ブリヂストンは改めて工場の閉鎖を発表しました。批判的に報じているメディアもありますが、フランス政府の無策のせいだ、という声も上がっています。
今回の騒動を通じて、改めて、フランスと日本では労働に対する考え方は全く違う。両国を足して二で割ったくらいの働き方がちょうど良いのではないか、と思うようになりました。