健康寿命を延ばす「野菜の会社」へ――山口 聡(カゴメ株式会社代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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 厚労省が推奨する1日の野菜摂取量は350グラム。だが現代の日本人は60グラムほど足りていないとう。この問題に企業として取り組んでいるのが、トマトの会社カゴメである。すでにベビーリーフや玉ねぎにも進出し、食習慣を変える活動も事業化している。健康寿命の延伸を目指すカゴメの挑戦。

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佐藤 日本でトマトといえばカゴメで、これほどはっきりした企業イメージを持つ会社も珍しいと思います。実際、資料を見ると、トマトケチャップやトマトジュースは国内シェアの約6割を占めています。

山口 おかげさまでこのコロナ禍にあっても、トマトケチャップや野菜ジュースは順調な売れ行きを示しています。

佐藤 コロナの影響はないのですか。

山口 もちろん影響は出ています。1日3食を食べることは変わりませんから、売り上げが大きく「蒸発した」ということはありません。ただ食事の場所が変わったことで、売れる商品に変化が出ています。

佐藤 家で食事をすることがほんとうに多くなりましたからね。

山口 私も4月から6月くらいまで、かなり在宅勤務をしました。そうすると平日の夜7時くらいから家族と夕飯を食べます。それまでそんなことは滅多にありませんでしたから新鮮でした。これは昭和の光景だなと思いながら過ごしましたね。

佐藤 そうなると、当然、家の中で消費する商品がよく売れる。

山口 はい。家庭内で調理することが多くなりますから、トマトケチャップは売れます。そして健康志向の高まりから野菜ジュースも伸びています。

佐藤 問題は外食産業向けの商品ですね。

山口 私どももホテルやレストラン向けの商品を作っていますが、それらの売り上げはガタッと落ちました。ただ一番下がった4月、5月からすれば、いま徐々に回復してきています。

佐藤 今後はどのような見通しですか。

山口 非常に読むのが難しいですね。欧州のように第2波が来るのか、来るならいつ来るのか、そうした要素も加味して考えないといけない。おそらく誰も正しくは予測できないと思います。

佐藤 テイクアウトやコンビニで加工食品を購入するなど、内食と外食の中間的な形態も広がって、食生活自体が多様になっています。

山口 コンビニエンスストアだと、オフィスエリアの売り上げがよくありません。リモートワークが進み、朝、通勤途中にコンビニエンスストアに寄って、サンドウィッチと野菜ジュースを買ってオフィスに行くという人が減っています。私どもの会社でも組織ごとの社員の出社率を4割までにして、在宅と出社を組み合わせた働き方にしています。そうなるとオフィス街での需要が大きく変わってくる。その点でも、この1、2年はほんとうに読めません。

佐藤 このコロナ禍で知人の何人かは、こんなにお金のかからない生活ができるのか、と言っていました。外食をせずに、ちょっといい食材を買って家で料理するのは結構楽しいし、意外に手間もかからないと。そういう人はかなりいると思います。

山口 それはあるでしょうね。そこは終息後もコロナ以前に戻らない部分ではないでしょうか。

佐藤 だからケチャップやソースは非常に手堅い商品になりますね。

山口 確かに家庭用商品は、いまも好調な売り上げを維持しています。

佐藤 カゴメのケチャップはまろやかで、欧米のものとは一味違います。それがロシア人の口には合うようで、私はモスクワ大使館勤務時代、ソ連の要人へのお土産にはよくカゴメのケチャップを持って行きました。

山口 トマトケチャップを、ですか。

佐藤 そうです。ソ連時代は西側のケチャップを輸入できませんでした。ソ連にもケチャップはありますが、それよりおいしいと好評でしたね。当時、モスクワには「ジャプロ」という日本の食材を取り扱うスーパーがあり、ケチャップも置いてありました。1本千数百円もしたのですが、ロシア人の富裕層はそこで買っていました。

山口 カゴメのトマトケチャップのどこが口に合ったのでしょう。

佐藤 やはり塩加減と酸っぱさと甘さのバランスでしょうね。ソ連崩壊後にハインツが入ってくるのですが、それよりも評判がよかった。ロシアはアジアとヨーロッパの間にありますが、アジアに近い舌を持っていると感じることがよくありました。

山口 カゴメのトマトケチャップは、創業者の蟹江一太郎が1908年に作ったのが始まりです。その一太郎が一番悩んだのが、日本人の舌にどう合わせるか、でした。その時に、佐藤さんのおっしゃる甘みや酸味のバランスを考え、香辛料のブレンドをいろいろと試すなど、相当に工夫して日本人向きの味にしたと社史にあります。

佐藤 まったく別の生態系を作り出していると思います。日本食が国際化していく中で、寿司や天ぷら、懐石料理がよく注目されますが、独自の発展を遂げたこのケチャップのような調味料にも光を当てたほうがいいと思いますね。日本発のケチャップも世界で勝負できると思いますよ。

山口 なるほど。トマトケチャップは海外発祥で日本に入ってきたものですから、これで海外へという発想はなかったです。

知的産業としての農業

佐藤 もうカゴメのケチャップは日本文化と言っていいと思いますが、創業は1899年、明治32年で、日本の近代化とともにあるのですね。

山口 先ほど紹介した創業者の蟹江一太郎は愛知県知多郡名和村(現・東海市)の農家でした。1899年は、トマトのタネを撒いて芽が出た年で、何か加工品を作ったり売り出したりした年ではありません。だからルーツは畑で、いまもカゴメは農業の会社だと考えています。

佐藤 当時はトマトを食べる習慣はなかったでしょう。

山口 ええ、だからほとんど売れませんでした。そこで名古屋のホテルの料理人に相談したら、海外ではトマトソースが西洋料理店やホテルで頻繁に使われていると言われて、見様見真似で自宅の納屋で作り、瓶に詰めたそうです。これが当社のトマト加工品第1号になります。

佐藤 ホールトマトの瓶詰めではなくて、ソースなのですね。

山口 トマトを裏ごししたものを瓶に詰めたといいますから、トマトピューレみたいなものでしょうね。その後にトマトケチャップ、トマトジュースと出していきます。だから弊社は、農産物をどう加工して広めていくかを創業当初からずっと考えてきた会社なんです。

佐藤 農業にどう付加価値をつけていくかということですから、知的産業としての農業という一面を強く感じます。

山口 考えてみれば、蟹江一太郎は相当なチャレンジャーですよね。食べる人がいない野菜を作って、売れないと今度は瓶詰めにして販売しようとしたのですから。

佐藤 その結果、トマトはすっかり日本の食卓に定着しました。しかも昨今の健康ブームの中で、善玉コレステロールを増やすとか、血圧を下げるという知識も共有されるに至っています。

山口 トマトには、血中HDL(善玉)コレステロールを増やす機能があるリコピンと、高めの血圧を下げる機能を持つアミノ酸GABAが含まれています。機能性表示食品という制度が2015年にできたので、その機能を表示できるようになりました。その時にも売り上げがかなり伸びました。トマトジュースは1933年に誕生しましたが、90年近く経っても市場が拡大している商品なんです。

佐藤 最近多くなった「食塩無添加」というのもいいですね。私は塩分制限をしているので、よく飲みます。

山口 昔はしょっぱかったですよね。でもいまは食塩無添加のジュースが売り上げの7割以上を占めています。

佐藤 そうするとトマトの味だけで勝負することになります。

山口 その通りです。だから品種開発が非常に重要になってきます。トマトジュース用のトマトは、ほとんど自社で開発した品種を使っています。

佐藤 カゴメ自身で新しい品種を作り出しているのですね。

山口 栃木県那須塩原市にある総合研究所に、約7500種のトマトのタネを保管しています。そのタネから、遺伝子組み換えをせずに、自然交配によって新しい品種を作っています。ですから非常に時間がかかるのですが、食塩を加えなければただトマトを搾っているだけですから、この品種開発がますます重要になってきます。

佐藤 そこがトマトの会社の核心部分になっているのですね。

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