NHKにしか作れない 短編ドキュメンタリー「事件の涙」の骨太感
30分のディープな作品
NHK「ストーリーズ 事件の涙 Human Crossroads」という番組がある。番組名が少々ややこしいのだが、NHKは月曜22時45分から30分間を短編ドキュメンタリー「ストーリーズ」の時間としており、「ストーリーズ ノーナレ」、「ストーリーズ のぞき見ドキュメント 100カメ」などの番組を制作している。
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ノーナレはナレーションなし、100カメは100台の固定カメラを使った定点観測をテーマとしており、どちらも切り口が面白い。
NHKではこうした短編ドキュメンタリーのシリーズを“ストーリーズ”と名付けており、それなら「短編ドキュメンタリー 事件の涙」ぐらいのほうが分かりやすいと思うのだが、“ドキュメンタリー=重厚長大、説教くさい”といった古いイメージを嫌ったのかもしれない。
で、「事件の涙」は過去に起きたさまざまな事件・事故を深掘りしているドキュメンタリーなのだが、これが実に深く心に刺さるのである。
これまでの放送タイトルを振り返ってみると、「闇サイト殺人事件」、「秋葉原殺傷事件」、「福知山線脱線事故」、「京都アニメーション放火事件」などの大事件・大事故のほか、「釜ヶ崎 女性医師変死事件」、「児童養護施設長殺害事件」など、あまり世の中に知られていない(あるいは、知られてもすぐに忘れ去られてしまう)出来事にも、丹念に光を当てている。
明るく楽しい気持ちになれる番組かと聞かれたら、決してそうではなく、むしろ逆である。
私(筆者)は普段、録画したものを食事中に観ることが多いのだが、明らかに胃の消化には良くないと感じる。それでも、重苦しい30分間を終えると「これは見て良かった……」と思えるから不思議だ。
2019年2月、渋谷区の児童擁護施設での事件
印象に残った回はいくつもあるが、たとえば20年4月に放送された「未来を見せたかった~児童養護施設長 殺害事件~」。
タイトルの文字面だけ見ると大してそそられなかったのだが、見始めると、釘付けになった。
2019年2月、渋谷区の児童擁護施設・若草寮の施設長をしていた大森信也さん(当時46歳)が、施設内で刺殺された。
容疑者の男・A(当時22歳)は、15歳~18歳までの3年間を若草寮で暮らしていた人物だった。
しかも、大森さんはAが施設から巣立って一人暮らしを始めた際には部屋の保証人になったり、仕事探しを手伝ったりもしていた。
Aが「盗聴器が仕掛けられている」と言ってアパートの壁をハンマーで破壊した際には、修繕代110万円を個人で肩代わりしてまで、Aの人生を親身に支え続けていた。
感謝こそされ、恨まれる筋合いなど何もないはずだが、それでも現実として、大森さんは刺殺された。
Aは精神鑑定の結果、不起訴処分となり、裁判すら行われなかった。
善行を尽くした結果が、我が子のように面倒を見た相手からの刺殺とは、あんまりではないか。
もはや、宗教的な問いかけにすら思える。
また、恩人に刃を向けるAの異常性や、なぜそうなってしまったのかという背景には、底知れぬ闇を感じる。
「社会の弱い部分に対して、彼(大森さん)はもっと目を向けろって、襟首つかんでこっちに向けようとしているわけですよ」
残された仲間は、沈鬱な面持ちで声を絞り出し、取材に応える。
番組を視聴するまで、こんな出来事があったことすら、私は全然知らなかった。
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