「罪認めるのはハラキリ」仏テレビ連続インタビュー「ゴーン」独善独白

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 11月のはじめにフランスのテレビ局で、1週間の間に立て続けに3回、レバノンに逃亡中のカルロス・ゴーン日産自動車元会長の単独インタビューが放送された。

 ゴーンの著書が4日にフランスで発売されたのにあわせ、宣伝と復権を狙ったものである。

 著書の題名は『Le temps de la vérité(真実の時)』(未邦訳)。

 以前『カルロス・ゴーン経営を語る』(日本経済新聞出版、原題はCitoyen du monde)を書いたフランスの『AFP通信』元東京支局長フィリップ・リエスとの共著で、副題に「カルロス・ゴーン語る」とあるように、ゴーンのインタビューにリエスが補足情報を入れてまとめたものである。

日本司法の「人権無視」を強調

 最初に放送されたインタビューは、11月1日の民放局『TF1』の報道番組『7 à 8』。日曜日の午後7時から、1時間で3~4本のルポを流す番組で、ゴーンのものは「生涯逃亡者」という題名で12分間のインタビューであった。

『TF1』はもとは国営放送で、民営化の時に土木建設から出発して携帯電話などまでカバーする大グループになった「ブイグ」が買収した。

 ゴーンは逮捕後、「ルノー」の社長時代に使っていた広報エージェントにマスコミ戦略をさせているが、テレビについてはずっと同局とそのニュースチャンネル『LCI』を優遇していた。1月8日にベイルートでおこなわれたゴーンの記者会見のあとも、すぐ事務所での独占インタビューをした。

 日本のマスコミも参加していた会見でゴーンは、司法や日産は別にして日本と日本人は素晴らしい、ともちあげていたが、インタビューでは逮捕されると掌を返したような日本のマスコミ、世論への不満といった本音を吐いていた。

 今回のインタビューは、ベイルートの自宅近くのホテルで行われた。別室では武装したボディガードが待機していた。そこでまず女性インタビュアーが問うたのは、

「逮捕や誘拐される恐怖はありませんか?」

 であった。

「誘拐は、日本人のやり方ではないと思います。しかし、何が起こるかわからないので用心するに越したことはない」

 ボディガードはゴーンが雇っているもので、

「べつに監視されているわけではありません。レバノンのどこへでも自由に行けます。私はレバノン、フランス、ブラジルの国籍を持っていますが、それらの国は、自国民を引き渡すことはしません。しかし、そこに行く途中でどこかの国で捕まって日本に引き渡されるリスクはある。それが嫌だからレバノンにいるのです」

 とにかく、日本に戻りたくない。そこには、実利的な理由もある。

「現在日本で弁護士はうごいているのか?」

 という問いに対して、

「日本では、物理的に存在していないと裁判はない。今一旦停止している。私が国内に戻らない限り、刑事訴追は停止している」

 という。

 フランスでは、本人がいなくても捜査がつづき、欠席裁判が行われるが、日本にいない限り安心して生活できるのだ。

 1月8日の記者会見で、ゴーンは自分にかけられた容疑をすべて否定すると同時に、日本の司法の前近代性や人権無視を非難し、容疑者ではなく犠牲者であると強調した。今回のインタビューでも同じである。

 たとえば、ゴーンと共犯だとされたグレッグ・ケリー元役員について、

「彼は誠実だし、検事に譲歩することはなかった」

 といいつつ、すぐに、

「検事は私の自白が取れないので彼から取ろうとしました。彼らのシステムは自白システムです」

 と司法批判に移った。

「あなたの逃亡で彼が不利になったことに罪悪感はありません?」

 と尋ねられると、

「彼が被っていることを考えると、彼や彼の家族に悪いことをしたと思っている」

 という。共犯にしてしまったことや自分だけが逃げてしまったことに対する反省ではなく、日本の司法制度が、彼を酷い目にあわせているから気の毒だ、というのである。そして、すぐ付け加えた。

「私も同じことを被った。もっと酷く」

 日本から逃亡したとき、

「これで生涯逃亡者になると考えたか?」

 と問われると「ウイ」と答えたが、

「でもそれは私にとって最悪のことではありません。最悪なのは日本で死ぬことです。無言のまま。ある意味鎖につながれて、私が経験したことを説明する機会もなく、弁護することもできず」

 さらに、

「生涯逃亡者になるより、罪を認めて刑務所に何年か入るということは考えなかったのか?」

 と問われると、

「日本で罪を認めるだって! それはハラキリだ。罪を認めたらおしまいだ!」

「フランスの司法からは逃げないのか?」

 という問いには、

「どうして私が逃げなければいけないのですか? 質問にはきちんと答えます。容疑は全く根も葉もないことなのだから。全く心配していない」

 ゴーンは7月に、事情聴取のため予審判事からパリに召喚されたが拒否した。だが、それはあくまでも国外に出られなかったからであって、来年早々フランスから予審判事がベイルートに出向くことになっており、それには全面的に協力するという。

 日本へのあてつけもあろうが、フランスではゴーンは容疑者であるだけではなく、自分の方から報酬や退職金、年金などを請求する訴訟をいくつも起こしている。その関係から、フランスの司法について批判を差し控えている部分もあるだろう。

「恥知らず」

 このゴーンのインタビューを視聴者はどう受けとめたのだろうか。フランスの「ヤフー」の記事によれば、SNSの反応は、否定的なものばかりだ。

「スキャンダル」「彼は英雄ではなく泥棒だということを忘れるな」「恥知らず。まったく品位のない奴」……。

 そしてテレビ局に対しても、

「指名手配されている者ではなく、本当のメッセージを持っている正直な人々にインタビューすべきだ」

「正直な男に見せるなんて恥だ」

「ロックダウンの最中に、許可なく国外に出た男に発言させるとはなんたる皮肉!」

 というのもあった。

 濃色のジャケットにノーネクタイでワイシャツの第1ボタンをはずし、高級ホテルで言いたい放題のゴーンの姿は、たしかに挑発的だ。もっとも、彼にとっては一般大衆など関係ないのかもしれないが。

 国営放送『France 2』は、『TF1』放送の1週間後(11月8日)、昼のニュース後の45分のドキュメンタリー枠で「カルロス・ゴーン、大脱走」という番組を流した。

 なお、「大脱走」がどのように行われたのかについては、この番組でも他でもゴーンは口を閉ざしている。ただ、自分1人で決めた。準備期間は、逃亡するしかないと決めた時から数週間だけ。

「逃亡するときにはダラダラしてはいけない。情報漏れ、疑い、躊躇があればその代償は非常に高くつく」

 とはいっている。

 番組では逃亡の再現、マンガ仕立てでのゴーンの半生、関係者やフランスの専門家、弘中惇一郎弁護士のインタビューなどをまじえた中に、5分ほどレバノンでとった本人のインタビューが入っている。その大部分は、日本の司法についての批判である。

「私が日本を離れた理由は、司法の否定があったと思ったからです。私がレバノン、フランス、ブラジルに求めるのは、これら3カ国の市民として、きちんとした司法です。 私は法を超えることを求めていませんが、法を下回ることも求めません」(「司法」と訳した原語「justice」には「正義」という意味もある)

 インタビュアーの、

「でも日本は民主国家でしょう。その司法を信じないのですか?」

 という質問には、こう答えた。

「そう思うのですか!? 司法がなければ本当の民主主義はありません。私は決して自分のためだけに話すのではありません。日本でこの運命に苦しんでいる何万人もの人々のために話しているのです。私のように声や手段を持つ特権を持っていない人たち、私が恩恵を受けていることは重々承知です。しかし、恩恵を受けられない人もたくさんいるのです」

 この前日の7日に、民放のニュースチャンネル『BFM』でもロングインタビューが放送された。そこでも熱がこもっていたのは、日本の司法批判だ。

「日本の司法について人々は誤解しています。もし北朝鮮だったら、私が何をしても必ず負けるということはわかっています。でも日本でまさかそんなことになっているとは思いません。彼らの司法制度は別物で、それは経済大国から想像されるものではありません」

「無実であろうと有罪であろうと、検察官にとっては問題ではないのです。彼らは、自分の保身と出世のために勝たなければならない。結果は初めから決められているのです。私は有罪になると確信していました。だから、ここから去らなければならないという結論に達したのです」

個人活動と平穏な暮らし

 ゴーンは以前から、

「日本の司法システムと日産の経営陣、さらに日本の政府の陰の支援について明確な証拠を明らかにする」

 といきまいていたが、これらのインタビューを子細に観ても、新著『真実の時』でも、1月8日にベイルートでおこなわれた記者会見の時以上の明確な証拠は出てきていない。

とくに日本政府の支援については、日本のマスコミ情報や彼の推測でしかない。たとえば『真実の時』では、

〈日本の政界はどの程度まで関わっているのか? 知られているのは、川口(均・現日産自動車特別顧問)と日本政府のナンバー2だった菅義偉が、2014年9月以来、友情といってもいいような、とても密接な関係だということです。(…中略…)

 日本の『リテラ』によると、「近年、(菅と川口は)頻繁に連絡を取り合い、夕食会や会議に参加している。ゴーン事件が官房長官に事前に提起されなかったとは考えられない」。同筋によると、「日産では、菅が川口の援護射撃をしているというのが常識だ」とのこと〉

 一方、日本の司法に対する不満については、『真実の時』の章名だけをみても、「小菅の凍った地獄」「モスクワの裁判『メードインジャパン』」と、ソ連の強制収容所や裁判になぞらえて、多くのページが割かれている。

 今年8月にベイルート港で大爆発事件が起きたとき、邸宅が粉々になったという報道があった。だがそれは、うけた被害が針小棒大につたわった誤報である。

現在のゴーンは、所有するワイナリー「IXSIR」のレバノンワイン事業、ベイルート近郊にあるカスリク聖霊大学での会社幹部と起業家向けの講座、環境分野を中心にしたスタートアップ企業への投資やアドバイスと、個人的な活動をしつつ最愛の妻と平穏な日々を暮らしているという。

 大爆発事故や経済崩壊、政情不安でレバノンは大変だが、『真実の時』では、

「私が経験した日本の地獄にくらべれば天国だ」

 と述べているほどの暮らしぶりなのだ。(敬称略)

広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)、『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの―』(新潮選書)ほか。

Foresight 2020年11月18日掲載

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