コロナ社会を生き抜くための「アンガーマネジメント」とは ツボ押し、手首の輪ゴムも効果的

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「とりあえずその場を…」

 これは一言で言ってしまうと、「上手な怒り方」を身につけることを目的とした心理トレーニング。1970年代のアメリカで生まれ、当初は犯罪者の矯正プログラムで活用されていたが、その高い効果から近年では、世界中で職場のパワハラ防止研修や、家庭内暴力(DV)の対策、さらにはスポーツ選手のメンタルトレーニングなどの分野にも応用の幅を広げてきた。

 では、不測のトラブルに巻き込まれた際に、アンガーマネジメントではどのような方法で怒りを制御していくのか。一般社団法人日本アンガーマネジメント協会の代表理事を務める安藤俊介氏に解説をお願いしよう。

 安藤氏はアンガーマネジメントの世界で15人しかいない「トレーニングプロフェッショナル」の中で唯一の日本人。そんな「怒りをコントロールするプロ」が、まず誰でも簡単にできるものとしてお勧めするのが「6秒間深呼吸」だという。

「わきあがってきた怒りを抑えるのに最も手軽で効果的な方法です。3秒間かけて息を吸ったら、1回止めてからまた3秒間かけて吐く。この6秒というのは頭を空っぽにして何も考えないように心がけてください。目の前にあるトラブルをどう切り抜けるか、というような解決策も考えてはいけません。脳内で感情が生まれてそれを理性が支配するまで数秒かかると言われていますので、その間に余計な雑音に囚われないことが重要です。余裕があれば、この6秒の間に口角を上げて、笑顔をつくってみるのも効果的です」

 確かに、ゆっくりと深呼吸をすればカッとなった頭もクールダウンされていく、というのは感覚的にもよく理解できるところだろう。

 しかし、この怒りの制御法はいつでも使えるわけではない。例えば、相手が自分の真正面に立って、ものすごい剣幕でまくしたてている状況の中で、それを無視して6秒も頭を空っぽにするのはかなりハードルが高い。理性による感情のコントロールが阻害されているまさにその場面で、理性的に落ち着きを取り戻そうとするのは至難の業と言える。

 そこで、このような逼迫した状況の中で、怒りを制御するのに適しているのが、「とりあえずその場を離れる」である。

「例えば、お店の中で店員の態度などに怒りを感じた時にぜひ試していただきたいのが、一度席を立ってトイレへ行ったり、店から出て外の空気を吸ったりすることです。怒りの対象と距離ができるので、冷静さを取り戻して我が身を振り返ることができます。なんだかトラブルから逃げているようで、男らしくないと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、怒りによるトラブルを避けるというのもアンガーマネジメントの大きな目的のひとつなのです」(安藤氏)

 ただ、これも通用しない状況がある。それは「イライラさせる人と同席するなど、怒りの対象が常に近くにいる」という時だ。実はそのようなケースで怒りの制御法を知りながらも失敗してしまったのが泉房穂・明石市長である。

「魔法の言葉」

 2019年2月に市長室で部下に暴言を吐いて辞職した後に再選を果たした泉市長は、再発防止のためにアンガーマネジメントの講習を受け、イラッとすることがあるとトイレに立つように心がけていた。

 しかし、今年1月の新年会の会場で、意見を述べてきた市議に対して「もう議員辞めてまえ」と再び暴言を吐いてしまったのだ。市議から意見を述べられた際、平時の心がけ通りにトイレに立つなりして「その場を離れる」を忠実に実践していれば、このような事態は避けられたかもしれない。しかし、宴席で同じテーブルについてしまったということもあってか、口論に発展して怒りを制御できなくなってしまったというわけだ。泉市長は暴言を謝罪した会見で、「カチンときた時に『次の会場に行く』と言ってしまえばよかった」と反省した。

 この泉市長のように、怒りの対象からなかなか距離を置けない場合はどうしたらいいのか。安藤氏は「自分の意識をそらす」方法を勧め、その代表的なやり方は「数を数える」ことだという。

「必ずしも声に出す必要はないので、心の中で数えてもいい。ただ、普通に数えるだけならば気が焦っているので、1、2、3と素早く数えて終わってしまいます。ですから、あえて数えにくいように、100から逆に数えるとか3つおきに数えるなど、自分なりに集中できる方法を事前に決めておくといいでしょう」(安藤氏)

 これ以外にも「自分の意識をそらす」という点において効果があるのが、「写真」や「魔法の言葉」だ。前者に関しては、スマホなどに大切な家族や、可愛いペットの写真をおさめておいて、怒りを感じるようなことがあるたびにそれを見て怒りをそらすという方法だ。カッとなりやすいドライバーの場合、運転席の上に家族の写真などを貼り付けておくのも効果的だ。

 一方、「魔法の言葉」とは、怒りの感情がわきあがった際に繰り返し唱える言葉のことだ。「大丈夫、これくらい大したことではない」など自分が落ち着きやすい言葉を事前に決めておいて、怒りを感じたら繰り返す。声に出してつぶやいてもいいし、心の中で反芻してもいい。大切なのは、「魔法の言葉」に集中することで、少しでも怒りから意識をそらすことである。

 こうして何かの行動をとることにより、意識を切り替える、というテクニックは、実はアンガーマネジメント以外の世界でもよく実践されている。

 特に医療や介護福祉といった強いストレスを感じる頻度の多い現場で働く人々の間では、怒りや不安などの負の感情に襲われた際に、気持ちを切り替える「心のスイッチ」のような手法があり、先輩から後輩へと受け継がれている。その中でも有名なのが、看護師や介護施設職員が手首にしている「輪ゴム」だ。そういえば……と、彼ら彼女らの「謎の輪ゴム姿」を思い出す人も少なくないのではないか。

 都内の介護施設で働く職員が日々の仕事を振り返りながら語る。

「お年寄りの中には、すごく頑固でこちらの話を全然聞いてくれないような人もいて……。どうしてもイライラしてしまったりすることがあるんですが、そういう時に手首に巻いている輪ゴムをパチンと弾いています。痛みで我に返るというか、ネガティブな感情を消し去って気持ちをリセットできる。以前の職場で同僚に教えてもらいました」

 これは、「ストレスコーピング」というアメリカの心理学者リチャード・S・ラザルスが唱えた理論に基づく、ストレス対処法のひとつ。もともとはマイナス思考に陥った際に、それを消去するための方法として医療、介護、スポーツなどでメンタルヘルスを維持する目的に活用されている。

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