世界では「夜の経済」活性化が当たり前 日本の夜間交通の貧弱さ(古市憲寿)

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 JR東日本が終電の繰り上げを発表した。首都圏17路線が対象で、山手線では平均16分から20分、終電が早くなる。

 情報番組では「飲み会で締めの一杯が頼めなくなっちゃう」など牧歌的な会社員の声が紹介されていたが、実は日本の転換点ともなるニュースだと思う。

 近代史を振り返る限り、都市の夜はだんだん眩しく、そして短くなってきた。電気もなかった時代、電気が開通しても暗い電球程度しかなかった時代を経て、現代の夜は非常に明るい。コンビニはもちろん、クラブやバーなど朝まで開いているお店も多い。

 それでも日本は、他国に比べてナイトタイムエコノミー(夜の経済)が貧弱だと言われてきた。たとえばイギリスでは都市部の空洞化現象に危機感を抱き、1990年代初頭から積極的に夜の経済を発展させてきた。何とロンドン市は「夜の皇帝」(Night Czar)という役職まで新設している。イギリスにおける夜の産業は、コロナ前には10兆円規模にまで達していたという。

 ちなみにアムステルダムにも「夜の市長」という役職がある。国際都市では夜の経済振興は当たり前の政策の一つである(木曽崇『「夜遊び」の経済学』)。韓国のソウルでは、東大門のファッションビルが一晩中営業している。

 夜の経済を考える上で重要なのが、夜間における公共交通機関の充実だ。地下鉄の終夜運転ではニューヨークが有名だが、ロンドンを初めとした多くの国際都市が、夜間でも電車を走らせるようになっている。

 夜の経済振興に出遅れていた日本だが、この10年で気運が変わってきた。

 東京都も猪瀬直樹知事時代には、都営地下鉄・バスの終夜運転が検討された。手始めとして、2013年12月には渋谷と六本木間を結ぶ通称「猪瀬バス」が走り始めた。

 元々、この区間は電車や地下鉄が直通していないため、昼間でもバス利用者が多い。それまで終バスが0時前後だったのを、24時間走らせることにしたのだ。

 しかし同月、知事は徳洲会事件で辞任してしまう。せっかく5千万円を運んだバッグを公開したのに、札束に見立てた発泡スチロールのブロックが入りきらず、チャックが締まらなかったという一件が懐かしい(未来の人がこの文章を読んでも何のことかわからないと思う)。

 結局、「猪瀬バス」は廃止され、東京における夜の公共交通機関は貧弱なままだ。鉄道よりも保守点検が簡単なバスの24時間運行は、世界中の都市で実施されていて、決して筋の悪い政策ではなかったと思う。

 しかし新型コロナウイルスが流行し、夜の街自体が、目の敵にされてしまった。

 コロナが終息しても、恐らく終電は繰り上げられたままだろう。そもそも高齢化が進む日本に夜の経済は似合わないのかもしれない。コンビニの24時間営業さえ見直される時代なのだ。

 代わりに、高齢者が得意な朝の経済が脚光を浴びるのかも知れない。ラジオ体操とか、太極拳とか、お金の匂いは全くしないけど。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

週刊新潮 2020年11月12日号掲載

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