大学が作るべきは世界を変える人材――出口治明(立命館アジア太平洋大学(APU)学長)【佐藤優の頂上対決】

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 コロナ禍は教育現場をも直撃した。中でも留学生が約半数の立命館アジア太平洋大学では、帰国した留学生が戻れず、残った留学生は生活の危機に瀕していたという。オンライン授業は進むが、それで事足りるものでもないだろう。大学とは何か――教育の原点に立ち戻ってその役割と目的を考える。

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佐藤 出口さんはライフネット生命の創業者や著述家など、さまざまなお顔をお持ちですが、2年前からは大分県別府市にある立命館アジア太平洋大学(APU)というユニークな大学の学長をされています。

出口 僕としては思いがけないことでしたが、2018年1月から学長を務めております。

佐藤 このコロナ禍によって、一斉休校など教育には著しい影響が出ました。いま、高校まではある程度正常化してきましたが、大学はまだ混乱から抜け出すことができていないように見えます。オンライン授業が定着する一方、今年の新入生は秋になっても顔合わせができていない。

出口 APUはコロナの影響をもっとも強く受けた大学だと思います。約5800名の学生がいますが、半分の3千名弱が外国人です。彼らのうち千名ほどが春休みに母国に帰ったまま、日本に戻ってこられずにいます。

佐藤 それは大変な数ですね。

出口 ですからこのコロナ禍で優先したのは、文科省、法務省、あるいは外務省に対し、在学生を再入国させてほしいと要望することでした。それで形の上では8月5日から再入国が可能にはなったのですが――。

佐藤 飛行機が飛んでいない。

出口 そうなんです。また新入生については、ビザを大使館で発給してもらわねば入国できません。それもずっとお願いしてきましたが、ようやく10月1日から可能になりました。

佐藤 入国制限措置緩和の対象には、ビジネス上必要な人材とともに留学生も入りました。ただ飛行機はまだ以前のようには飛んでいません。

出口 だからみんながすぐに戻ってこられるわけではない。一方、日本人学生を含め、全体の半数ほどが別府に残りました。そこにも留学生が相当います。彼らは普段アルバイトをしていましたが、ご承知の通り別府は観光地でしょう。

佐藤 アルバイト先がなくなってしまった。

出口 ええ。ホテルや飲食店が主なアルバイト先でしたから、困窮します。それで彼らに対しては、「APU Hands」という団体を作って、まず食料の支給を行いました。ハンズという名前には、「手を差し伸べる」という思いが込もっています。

佐藤 誰が主体になったのですか。

出口 教職員と卒業生たちです。これは地元の新聞に取り上げていただいたこともあり、市民の皆さんからお米1トンなど、さまざまな形で食料の寄贈がありました。だいたい700名くらいの学生に対し、多い時には2週間に1回配布しましたね。

佐藤 出口さんも配られたのですか。

出口 僕も5、6回やりました。でもそれだけでは根本的な解決になりませんから、大分県や別府市にも支援をお願いしました。APUの学生に限った支援はできませんが、困っている学生に対して、市役所も食料の支援をしてくれたり、臨時の仕事を作ってくれたりしました。また県には、奨学生の枠を2倍にしていただきました。

佐藤 大分県がそうした動きにすぐ対応できるのは、かつて平松守彦前知事が「勝てる農業」「勝てる工芸」を目指して「一村一品運動」を始め、全県でまとまったことがあるからではないでしょうか。

出口 実はAPUは平松知事のイニシアチブがきっかけで誕生した大学なのです。「一村一品運動」の仕上げに、世界にひらかれた国際的な大学を作りたいと考えた。それに乗ったのが立命館でした。

佐藤 なるほど、その流れの中にあるのですね。

大学という「場所」

出口 また立命館学園全体としても、学生をどう支援するかを考えて、上半期だけで4億円を超えるお金を学生に配りました。

佐藤 大学生から小学生まで、全学生に一律3万円を配布したことは話題になりましたね。私が教えている同志社大学などでも一部の学生から学費を返せという声が出ていました。ただ私はその時、それを受け入れてはいけないと学長に強く言ったんです。大学が応じてしまうと、学生はただの消費者ということになる。スポーツジムなら施設を使えなくなったら会費を返すのはわかりますが、大学はその期間も運営しています。これは大学を知の共同体と考えるか、経営の対象物と考えるか、という問題です。

出口 言い換えると、サービスを切り売りしていると考えるかどうか、ですね。

佐藤 ええ。そこをきちんと踏まえて議論すべきだと思いました。しかもこれに普遍主義で対応するのではなく、個別主義で本当に必要なところに向き合ったほうがいい。基本的に同志社はそのように対応したのですが、少なくともAPUの場合、学生を取り巻く状況がまったく異なっていたのですね。

出口 まずは学生を守ることでした。そこで嬉しかったのは、日本人学生から、留学生優先で面倒を見てあげてください、という声があがったことです。自分たちは日本に両親がいるから、いざという時にはお金を送ってもらえる。でも残っている留学生はお金がなくて帰国できなかった人だから先に助けてあげてほしいと。

佐藤 汝の隣人を汝自身を愛するように愛せ、というイエスの言葉を思い出します。そういう学生を生み出す教育をしているのですね。

出口 そんな気持ちになるのは、やっぱりみんながルームメイトだからです。日本人も含め1回生は原則、全員寮に入りますから。

佐藤 寮はどんな部屋割りにしているのですか。

出口 設計上、1人部屋が7割と多いのですが、2人部屋には必ず違う国籍同士を入れます。

佐藤 同志社でも2022年に、二百数十名くらいの学生が入る教育寮を作ります。そしてその半数は留学生にする予定です。いまも寮はあるのですが、すべて経済的事由のある学生のための経済寮なんですよ。

出口 経済的に恵まれていない人を支援する経済寮も確かに必要ですよね。ただ現実の世の中は、実はそれほど平等でもない。そのことを知るには、さまざまな人と交わったほうが学びになると思います。

佐藤 同志社の教育寮は個室ですが、シェアハウス型にして、みんなが集まれるダイニングを作ることにしています。

出口 同じ仕組みですね。

佐藤 防衛大学校もそうです。そして学期ごとに教師が交代で住むことを提案しているのですが、これには難色を示す先生方が多い。

出口 本当はそのほうがいいですね。

佐藤 モスクワ大学がそうです。またオックスフォードやケンブリッジのカレッジでもそうなっている。

出口 ディーン(学部長)が同じキャンパスに住んで、晩ご飯を一緒に食べるんですよね。

佐藤 食事をともにとることは非常に重要だと思います。さらには小さなセミナールームをたくさん作って、24時間勉強できる体制にもしたいと思っています。

出口 それはいいですね。そこに大学の本質的な部分があると思います。APUは、このコロナ禍でたぶん日本で一番最初にオンライン授業の仕組みを整えた学校です。帰国した学生が戻ってこられないとすぐわかりましたから、2月にZoomと契約し、同時にWi-Fiのない学生には機器を貸与しました。そして5月から授業を再開した。ただ、どれだけ技術が進んでもオンライン授業は視覚と聴覚による学びです。

佐藤 一緒に同じ場所で学ぶことは視覚と聴覚だけでは代替できません。

出口 人間は肉体を持って3次元の世界に生きている。2次元の空間ですべては再現できない。僕は、大学は場所のビジネスだと思っています。そのプラスアルファがものすごく大きい。

佐藤 まさにトポスですね。ただの場所ではなく。そこから議論や話題が始まる場所です。

出口 やはり学問はピア・ラーニングというか、お互いに切磋琢磨しながら学ぶことが大切です。そこで思い出されるのは、マケドニアのピィリッポス2世が息子のアレクサンドロス(後のアレクサンドロス大王)を教育する際、大枚をはたいてアリストテレスを家庭教師に呼んできたことです。その時に学校を作って教えさせた。

佐藤 ミエザの学園ですね。

出口 同世代の貴族の子弟を集めて一緒に勉強させている。昔から共に学ぶ重要性がわかっていたんですね。

佐藤 それに20歳前後は、仲間と一緒にやることは、何でも楽しいですよ。麻雀仲間でもサークルでも体育会でも。その一つに勉強仲間もあり、そこにハマればどんどん勉強する。そして、例えば外交官になる勉強会を一緒にやった人たちとは、生涯に亘って関係が続きます。

出口 象徴的だったのは、今回、オンライン授業でもいいから教室に行きたいと学生が言っていることです。誰かが横にいることが大事だとわかっている。キャンパスもアカデメイアもリュケイオンも同じです。みんながいるから頑張れる。

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