「豪華・象徴性」で米・台湾連携強化を演出した「総統主催晩餐会」 饗宴外交の舞台裏(267)
8月のアレックス・アザー米厚生長官に続く、9月17~19日のキース・クラック米国務次官の台湾訪問は、トランプ政権(第1期)の台湾政策の1つの頂点を画すものといえるだろう。
「戦争に向けた準備を」
クラック国務次官の訪台後、中国は台湾への圧力を一段と高めている。10月上旬、中国共産党系の『環球時報』は、胡錫進編集長名で、
「中国が前進するための唯一の道は、戦争に向けた準備を完全に整えることだ。(中略)歴史的な転換点が近づきつつある」
との論文を掲載した。中国軍機も中国と台湾を隔てる台湾海峡の中間線を度々侵犯し、その度に台湾軍機が緊急発進している。
15日には、台湾が実効支配している東沙諸島に向かっていた台湾のチャーター機が、途中で引き返さざるを得なくなった。同機が香港の飛行情報区域に近づくと、香港の管制官が、
「高度2万6000フィートより下で危険な活動が行われている」
と警告したためで、事前に通知はなかったという。チャーター機は毎週運航し、台湾の当局者や沿岸警備員が利用している。
クラック国務次官の訪台がいかに中国を苛立たせているか分かるが、香港の一国二制度が中国によって事実上、有名無実化された後、台湾が東アジアにおける中国と米国のせめぎ合いの重要な場となり始めており、蔡英文総統が、同国務次官を手厚くもてなしたのは当然でもあった。
同次官の訪台の目的は、李登輝・元総統の告別式への参列もあるが、この機会を利用して、米台の広範な経済連携を協議することにあった。その大きな場が18日夜、蔡総統が催した晩餐会だった。
幸せ一杯の意
総統公邸で持たれた晩餐会には、台湾側から外交や経済の閣僚のほか、半導体大手「台湾積体電路製造(TSMC)」の創業者、張忠謀(モリス・チャン)氏(89)が出席。米側からはクラック国務次官をはじめ、商務省の高官や国防総省の元高官らが招かれた。
冒頭、蔡総統は、
「台湾とアメリカの関係はここ数年、多くの実質的な進展があった」
「今後も一段と協力を進め、信頼関係をより強固にし、双方でさらに強い基盤を築き、一層友好的で密接なパートナーになれるよう期待する」
と述べた。クラック国務次官も民主的な台湾を支持し、関係強化を図っていきたいとの期待を表明した。
この夜のメニューである。
酒肴 ピーナッツ炒め、台湾式キャベツの漬物、客家特製炒め
特製前菜盛り合わせ
(アワビとフルーツをゴマだれで和え、深皿に盛ったもの)
佛跳牆(フォー ティャオ チァン)スープ
(アワビや貝柱、ナマコなど多種類の高級乾物を主な食材として、数日をかけて作るスープ)
ロブスター、ガーリックとライスヌードル添え
牛ヒレ肉、タケノコと万願寺唐辛子添え
金銀タマゴのホウレン草炒め
(金は鶏卵、銀はアヒルの塩タマゴを形容している)
鼎泰豊製小籠包
(グルテンフリーを希望される人にはライスミートボールを選択)
シラス、切り干し大根入り炒飯
季節のフルーツ盛り合わせ
マンゴー シャーベット
興味深いメニューだ。豪華さと象徴性に溢れ、演出も凝らした料理の数々である。
アワビ、ナマコ、ロブスターなどの高級食材を見れば、豪華さは一目瞭然だ。食前や食事の途中につまむ〈酒肴〉は台湾料理で固めている。ピーナッツ炒めしかり、台湾式キャベツの漬物しかり、客家特製炒めしかり。
中国から東南アジアに広く散らばった客家は独自の文化を保持し、台湾ではエスニックグループの中でも大きな割合をなしている。その料理は台湾の食文化に深く根を下ろしていて、客家特製炒めは固い豆腐や干し魚やスルメなどを炒めたものと思われる。
アワビと南国のフルーツを組み合わせた〈特製前菜盛り合わせ〉は、いかにも台湾ならではだ。次の〈佛跳牆〉は、スープではこれぞという一品。アワビや貝柱などの乾物のほか、鶏、アヒル、鳩、豚足など計20種類以上の食材を数日間煮込んで作る。
このスープは一説によると、清時代に役人に仕えていた料理人が創作した福寿全(フー ショウ チュアン=幸せ一杯の意)という料理だ。これが客人に大人気となり、独立して店を開くと、その美味しさに大繁盛したという。名前の〈佛跳牆〉とは、菜食主義者のお坊さんも壁を乗り越えて食べに来るほどの美味しさという意味だ。いまも福寿全、もしくは满壇香(マン タン シアン=香り満つ壺)とも呼ばれる。
以前は中国政府も、外国のトップ級の首脳に出したことがあるが、節約志向が徹底されている昨今、お目にかかったことがない。これが台湾の蔡総統の晩餐会で出されたのである。
しかも元々、この料理が広東省から福建省にかけての料理であると知ると余計に興味深い。台湾と、海峡を挟んだ向かいにある福建省は、歴史的に人と文物の交流が盛んで、食文化でも互いに影響を及ぼし合ってきた。その意味では〈佛跳牆〉も台湾の食文化の一端を体現しているといえるだろう。
〈金銀タマゴのホウレン草炒め〉は、台湾と米国を金(鶏卵)と銀(アヒルの塩タマゴ)になぞらえているように私は受け止めた。塩タマゴは塩水に生卵を漬け、1カ月程度寝かせて作る発酵食品だ。中国大陸、台湾、東南アジアで広く食べられている。
小籠包を世界に知らしめたのは……
小籠包は、著名なレストラン「鼎泰豊(ディン タイ フォン)」に特別に作らせた。
台北市内の油問屋だった鼎泰豊は、商売が難しくなった1972年に、小籠包など点心料理を始めた。スープや具が透けて見えるほど薄い手作りの皮や、その皮の中に旨味が凝縮した肉汁をこめた小籠包が大当たりし、いまでは日本を含めた世界12カ国に110店舗以上ある。『ニューヨーク・タイムズ』で「世界の人気レストラン10店」の1つに選ばれたことがあり、米国人にもよく知られている鼎泰豊の小籠包を、本場で味わってもらおうとの演出だ。
わざわざ鼎泰豊を公邸に呼んだのには別の狙いもあったと思われる。小籠包は中国料理の点心だが、創意工夫と洗練を凝らして、その名を世界に知らしめたのは中国ではなく、台湾なのだとの自負心だ。
最後の料理の〈シラス、切り干し大根入り炒飯〉は典型的な台湾料理。つまり台湾で始まり、台湾で締めた料理のラインナップである。
それ以外の料理も、名前だけを見ると、台湾か中国料理か判じかねるものがある。ここは台北駐日経済文化代表処の広報部に聞かねばなるまい。
「そうですね。台湾の佛跳牆は中国とは違ってやや甘みがあり、和食のように優しい味です。ロブスター料理も付け合わせにライスヌードルがあることから台湾料理だと思います。金銀タマゴのホウレン草炒めも、アヒルの塩タマゴを使っているところを見るとやはり台湾ですね」
台湾独立派の民進党は、
「台湾のルーツは台湾であり、多様な文化の影響を受けて今日に至った」
と台湾を規定する。中国から受けた大きな影響を否定はしないが、元々台湾にいた先住民族、17世紀に36年にわたって台湾を支配したオランダ、そして第2次大戦終結までの50年間、支配した日本など、多様な文化から成り立っているとする。
蔡総統のメニューにもこうした多文化主義が反映している。これぞ本家本元の中国料理というものは目につかず、中国料理ながら台湾が創意工夫で発展させたものや、中台両方にルーツを持つ料理を台湾風に味付けしたもの、東アジアに広く存在する料理を台湾化させたものでラインナップを構成している。
4種類のモルトウイスキー
かつて、中国と政権の正統性を争った中華民国の台湾は、国民党政権時代、外国の賓客のもてなしでは中国料理に拘った。台湾の独自性を主張し始めた国民党の李登輝総統にしても中国料理は動かさなかった。
しかし2000年5月、民進党の陳水扁氏が総統に就くと、「饗宴料理の台湾化」を打ち出した。大企業や富裕層を支持基盤とした国民党政権に対して、一般大衆を支持基盤とする民進党政権は、贅沢、奢侈、浪費といったイメージを薄めたかったこともあり、外国の賓客に庶民的な台湾料理を出している。もちろんそれなりに洗練させ、見栄え良くした料理だ。
一例を挙げよう。2001年1月、ガンビアのヤヤ・ジャメ大統領夫妻に対する陳総統主催の晩餐会メニューである。
前菜盛り合わせ
トマトとオックステイルのスープ
羊のピリ辛炒め
蓮の葉でまいた鳩と山芋の蒸しもの
鴨の照り焼き
魚のアーモンドのオレンジソース和え
野菜の団子蒸し
お菓子
新鮮な果物
メニューを見る限りどこか庶民的な香りが漂う。今回の蔡総統のメニューは、台湾の要素を取り入れていながら、陳総統の時の反動を払拭し、豪華さと洗練さにおいてレベルは高い。
さらに興味深いのが、料理に合わせた飲みものだ。台湾産の4種類のモルトウイスキーが出された。
カバラン ソリスト ヴィーニョ バリック ストレングス シングルモルトウイスキー
カバラン オロロソ シェリー カスク ストレングス シングルモルトウイスキー
カバラン クラシック シングルモルトウイスキー
第15代正副総統就任記念酒0.7L OMARシングルモルトウイスキー特別版
カバラン(噶瑪蘭)は台湾の飲料大手「金車グループ」が、台湾北東部の宜蘭県に所有するウイスキー蒸留所。同県の原住民であるカバラン族が名の由来だ。
2008年に最初の「カバラン クラシック」をリリースして以降、同蒸留所が出すウイスキーは軒並み世界的に権威ある数々の賞の栄冠に輝いている。
第15代正副総統就任記念のモルトウイスキーは、2020年5月の蔡総統と副総統の就任に合わせて、総統府が台湾中部にある蒸留所の南投酒工場に特別に造らせた。台湾では総統就任の折に記念酒が発売される。
「モルトウイスキーを水割りかロックで料理と合わせるのは台湾ではよくあります。とくに米国人はモルトウイスキーを飲み慣れているので、この選択になったと思います。もし賓客が日本人だったら、ここは紹興酒だったでしょう」
と、代表処の関係者は言う。
ちなみに紹興酒は台湾でも造られている。晩餐会ではフランスの白と赤ワインも提供されたが、モルトウイスキーの前にすっかり影が霞んでしまった感がある。ウイスキーで始めたら、ワインに戻るのは難しい。
ところでこの晩餐会の影の主役はTSMCの張氏だった。米国のIT企業の幹部を務めた後、1987年に台湾でTSMCを設立し、半導体受託生産で世界屈指の企業に育て上げた。その技術は兵器や高速通信「5G(第5世代移動通信システム)」対応製品、サーバーなど多くの最先端製品に使われ、安全保障上も欠かせないものになっている。
米中はTSMCの取り込みを図ってきたが、今年5月、TSMCは最新鋭工場を米アリゾナ州に建設することを決めた。投資額は約120億ドル(約1兆3000億円)で、米政府も相当程度、補助する。TSMCは米台連携強化のカギで、2年前に引退したものの、依然大きな影響力を持つ張氏を招くことで、連携再確認と今後の協力強化について、晩餐会のくつろいだ雰囲気の中で意見交換したとみられる。招待にはクラック国務次官の希望もあったのだろう。
豪華さと象徴性と演出に溢れた晩餐会は、米台連携強化という内実に相応しいものだったといえよう。