もし北朝鮮軍と自衛隊が戦闘することになったら… 自衛隊を知り尽くした漫画家、元特殊部隊員が明かす「国防」のリアル

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けちな自衛隊、食べ放題の米軍

か 米空母にはどこで乗られたんですか。ハワイですか。

伊 ハワイからサンディエゴまで、1カ月ぐらい乗っていました。キティホークは、後に横須賀が母港になりますが、乗った頃はまだサンディエゴを母港にしていました。艦長がパイロットですから、船の運航は副長に任せていましたね。戦闘機を運ぶ空母はStrike Group(打撃群)、要するに戦闘機部隊のもの。飛行場としか思っていないから、トップの指揮官はパイロット、しかも戦闘機パイロットなんです。それを思い出しながら『空母いぶき』を読みました。

 あと、海自初の空母、その艦長を「航空自衛隊ごときにやらせたくない」と、副長以下船乗りたちが空自出身の主人公について噂しますよね。

か 海自としてはそのままにしておけません。

伊 ああいう感情はあるだろうなと思いますね。そこまで反映されているんだなと、冒頭から驚きました。ところで、キティホークは非原子力型の空母ですが、乗員は5千人ほどもいるんです。

か 5千人というと、ホテル、いや、もはや高層ビルですね。

伊 サラダでもなんでも、食堂が食べ放題なんです。自衛隊なんて「コロッケ×3」と書いてあって、キャベツに隠して4つ取ろうもんなら大変なことになる。なにしろ、最後の人のところでコロッケが2つしかないと「誰か余分に1個取ったな」と犯人捜しです。そういうけちくさい習慣があるわけです。米軍の空母なんて取りたい放題で、「すごいな。カッコいいな」と思ったんです。

 でも、それがそうでもありませんでした。毎日、船の後部から残飯を捨てていて、その量ときたら……。「この人たちはやっぱり間違っている」と。5千人が食べたいだけ食べられる分量を必ずつくるから、残飯の量はたぶん、日本の護衛艦の食料1日分です。自衛隊はコロッケ3つでいまだにやっていると思います。アメリカはなんでも贅沢にやっていますよね。

リアルを知ると描きにくい?

か 自分の話で恐縮ですが、最初に『沈黙の艦隊』があってその後『ジパング』と、同じように自衛隊の話を素材にして描きながらも、少しずつ違って来た実感があるんです。

伊 スタンスが変わったということですか?

か 『沈黙の艦隊』の頃は、自衛隊のことをあまりよく知らないで描いている箇所もあり、荒唐無稽でも、お話として自衛隊を使っていくところがあった。ですが、『ジパング』を経て『空母いぶき』に来て、だんだんリアルになってきたんです。設定も、中のドラマも、よりリアルに読んでほしいという気持ちがどんどん高まってきて。

 それは監修として協力してくれた故・惠谷治君(軍事ジャーナリスト)が自衛隊のことに詳しくて「これはないよ」と指摘してくれるようになったからです。「これはないよ」をある程度クリアにした設定にしながら描いていますから、だんだん表現がリアルになっていき、それを面白がる自分もいました。一方で、漫画表現として、読者が面白がるなら多少の誇張は許されるという気持ちもどこかにあって、むしろ実際を本当に知っていると妄想の世界に入れないからなかなか描きづらくなるんです。

伊 読んでいて全然気にならないです。

か そうですか。

伊 はい。それこそ前回お話ししたように、『沈黙の艦隊』で主人公が原子力潜水艦の船体にナイフで「やまと」という艦名を彫る場面も、現実にはあり得ないシーンであっても、今でも気にならないです。

北朝鮮との戦争を“想像”

か 伊藤さんは実際の現場をすごく知っている。知っているからこそ、その素材を使ってフィクションとして書くとき、難しいだろうなとも思います。ノンフィクションとしてそれを表現する際には、体験しているということがある種の強みではあるんですけど、妄想を膨らませて面白い展開を紡ぎ出す場合は、難しいのではと思うんですよね。

伊 例えば、北朝鮮での戦闘シーンです。北朝鮮とは当然、私は戦ったことがないんですが、想像はつくんです。それこそ、想定訓練も組んでいるので。だから、どちらかというと思い出しながら書いている感じです。逆に、かわぐちさんは実際にはどれくらい取材をされるんですか?

か 海上自衛隊の観艦式に1度行ったぐらいです。他に飛行甲板を備える護衛艦「いずも」には乗せていただき、艦内を取材したことはあります。観艦式のときに、機会をいただき潜水艦の艦長とお会いしました。その艦長が「なんでも聞いてください」と仰るので、「90度の倒立ってありますか」と聞きました。潜水艦は急速浮上や急速潜航する際にかなりの急角度になるのですが、垂直になることもあり得るのか。あり得るなら漫画に描こうと思ったんです。でもその艦長は「なんとも言えませんね」と。「ただ言えるのは、潜水艦はそういう90度の倒立のためには造られてはいません」と仰いました。

伊 もう少し答えようがありそうなものですね(笑)。

か いや、感心しました。予測のもとには絶対に話をしない、それを現場が守っているという事実は取材になりました。

伊 その言えない部分が、かわぐちさんの作品にはあるんですね。今も時々読み返しています。

か 私も連載が行き詰まったときは、『沈黙の艦隊』や『ジパング』を読み返すのですが、自分で描いていてなんですけど、結構面白いですよね(笑)。

伊 はい、とても面白いです(笑)。『空母いぶき』の続編シリーズ(『空母いぶき GREAT GAME』)もまだ序章ですが、非常に引き込まれますね。「いぶき」の次期艦長候補率いる護衛艦「しらぬい」が、北極海に調査航海に出て民間の調査船を救助する。そして……続きは、ぜひコミックスを読んでください。第2巻は10月30日発売とか(笑)。

か ありがとうございます(笑)。

かわぐちかいじ
漫画家。1948年、広島県尾道市出身。明治大学文学部日本文学科卒。90年、『沈黙の艦隊』で第14回講談社漫画賞。2002年、『ジパング』 で第26回講談社漫画賞。ほか著作多数。現在、。「ビッグコミック」(小学館)にて「空母いぶき GREAT GAME」を連載中。

伊藤祐靖(いとう・すけやす)
元海上自衛官。1964年、茨城県出身。日本体育大学卒。87年、海上自衛隊に入隊。99年、イージス艦「みょうこう」航海長として能登半島沖不審船事案に遭遇。自衛隊初の特殊部隊「特別警備隊」の創設に携わり、2007年に退職。著書に『自衛隊失格』『邦人奪還』など。

週刊新潮 2020年10月29日号掲載

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