中国が「尖閣」を狙う本当の理由 「国防」の裏側と「自衛隊」のリアルとは 『空母いぶき』かわぐちかいじ×『邦人奪還』伊藤祐靖
中国船が尖閣に来る狙い
か いま、日本では中国というと尖閣のことばかりですが、南シナ海ではASEAN諸国とやりあっていて、毎日ニュースで取り上げられるなど、東南アジアの方が大変そうです。
伊 中国はインドとも国境問題を抱え、パンゴン湖周辺でやりあっていますね。ですから、日本がなぜ尖閣で騒ぐ必要があるかも考えた方がよいかもしれません。
現役時代に私も航海長としてあの海域に行った経験があり、現場を知っているとわかることがあるんです。もちろんその経験自体は古いのですが、例えば中国海警局と海上保安庁の船がすれ違う際、面舵を取る(右に転舵する)ときの距離感や意図が、現場の感覚としてわかる。そこでは減速しないだろうという位置関係であえてするような映像を見ると、日本側の船長も、海上保安庁もしくは日本政府から、かなり細かく指示を受けているはず。
これはやれ、これだけはするな、あとはおまえに任せるぞ、という三つは明示されているはずで、「これだけはするな」という命令の意図が、舵ににじみ出てきているわけです。
中国海警局の側にも、必ず「しない」ことがあるので、それが見えてくると、「だからここで減速したのか」「だからあそこで面舵を取るのか」と自ずと見えてくる。現場では、両者の意思の疎通がどこか生まれます。お互いに本気でやっておらず、「プレゼンス(存在感)を示すぞ」という政府なり背後の指示が垣間見える場合もある。
同時に、中国海警局の船が何のためにあの海域に出てきているのかといえば、尖閣自体を狙っているというより、もっと先の大きな狙いがあるはずです。尖閣に目を向けさせたいのか、何かの前哨としてなのか、もしくは国内に対するプロパガンダなのか。何かがあるはず。
子供のサッカーのように、ボールが転がっているところに皆でわっと行くようでは、接近回数など現象だけでの判断となり、本質が見えてきません。危機感ばかりを煽るのではなく、その裏に何か意図があることに気付く必要がある――というと偉そうな物言いで申し訳ないのですが。
か 確かに古い情報で現在はわからないにしても、状況と互いの船の舵の取り方で、本気度や真の目的が推し量れるわけですね。
伊 そうですね。今でも現場に行けば、あるいは映像を見るだけでもだいぶわかるとは思います。あの頃と変わっているのか、変わっていないのかにも興味があります。
拉致被害者救出は「理念」の問題
か じゃあ、ぜひ行ってみて、変化や現状を分析していただければ。
伊 残念ながら、私は監視対象になっているようで、最寄りの石垣島に行くだけで、海上保安官に取り囲まれて警戒されるんです。羽田からぴたりと付いて来られるかも……。
か とはいえ『邦人奪還』では、尖閣はイントロに過ぎませんね。物語はその後、クーデターの起きた北朝鮮から、位置情報がわかった拉致被害者6名を自衛隊の特殊部隊が奪還しにいく。私は、その任務が確定されるまでの過程こそ、伊藤さんが伝えたかったように読めました。
伊 「国民の生命・財産を守る」と、自衛隊ではよく自身の存在意義を伝えるんですが、防衛省――当時は防衛庁でしたけど――だけは国民の生命・財産という言葉で割り切れないものを守る役所だと思っていたので、入隊してその落差に驚きました。
拉致被害者を奪還することは、災害救助とは違うところがあります。災害時は二次災害を避けるために救助ができない場合はあり得る。ですが、海辺を歩いていただけで見知らぬ国に連れ去られた6名を連れ戻すには、自衛隊員6名以上の死亡、損耗を覚悟する必要がある。特殊部隊員であろうと国民に含まれますから、国民の生命としてはマイナスで、実質の経費を考えたら財産も減ります。でも、やっぱり救わなくてはいけないとなったら、それは「国民の生命・財産」だけでは割り切れず、「理念」の問題になります。国内の治安を維持する警察の役割とも違うわけです。だから、『邦人奪還』ではその典型例を出しました。
[3/4ページ]