中国が「尖閣」を狙う本当の理由 「国防」の裏側と「自衛隊」のリアルとは 『空母いぶき』かわぐちかいじ×『邦人奪還』伊藤祐靖
“理想の上司”を登場させる理由
伊 「なだしお」のときは幹部候補生として江田島にいました。あれは土曜日、よく覚えています。でも、開始後の反響は大きかったように思いますが?
か そうですね、最初からあの作品は手ごたえを感じました。私の漫画は、ぱっと出て、ぱっと読者に受けるというタイプではないんですが、あの作品は違った。
伊 江田島でもみんな読んでいました。海自の海江田四郎2佐は、日本が秘密裏に建造費を出した米海軍第7艦隊所属の最新鋭原子力潜水艦「シーバット」号の艦長となる。ところがクーデターを起こして「シーバット」を乗っ取り、独立を宣言する。その際、新たな艦名の「やまと」をナイフで船体にギッギッと彫る、あのシーンが大好きです。あれでグッとここ(胸)を鷲掴みにされました。よく真似をしたもんです(笑)。
か あれは、知らないのをいいことに漫画的にカッコいい表現として描きましたが、実際は後から「潜水艦の船体はタイルで覆われていてデリケート。あんなことをしたら、水圧に耐えられずすぐ亀裂が入る。普通はしませんよ」と指摘されました。
伊 確かに「ないな」とは思いましたが、読者からすると「やっぱりカッコいい」というシーンです。
か あのシーンがないと海江田のクーデターの意図が伝わらないのは確かで、後から考えても、わかりやすいので必要かな、とは思っています。
自衛隊の皆さんはどの辺を面白く読んでくださったんでしょう。
伊 『沈黙の艦隊』の海江田艦長もそうですけど、かわぐちさんが描く自衛隊には理想的な艦長・指揮官が出てきますよね。自分の意思を明確に部下に伝えて、任務分担させる。現実には、もっと駄目なヤツが多い(笑)。だからこそ「ああ、こういう艦長がいれば」とみんな夢中になって読むのだと思います。
か 確かに、現実にはなかなかいない人材です。政治家でも経済人でも、組織の中には誰かしら駄目なヤツがいて、そこから問題が起こるパターンがありがちです。ありがちというか、現実はほとんどそうですよね。こういう人が足を引っ張ったからこの計画は失敗した、とか。それはそれで面白いものの、それでは物語が強くならない。本当のドラマチックさに到達しない。
だからできるだけ、理想の人間関係の中にいながらも問題が起こっていく状況をつくります。その問題をみんながなんとか乗り越えようとするが故の奮闘を描きたい。描きたいのはその問題の方であって、人間関係や組織内のゴタゴタではないんです。
だから私の作品では、主人公の人間像、上司と部下との関係、政治家の位置づけまで、すべて理想に近い。こういう政治家だったらよかったなと思える人物にします。でも、その人たちが一生懸命に邁進しても解決できない問題がある。そうなると問題自体にフォーカスを当てて描けます。あり得ない理想の上司や部下は、私の作品には必要なんです。
伊 だからなんでしょうね、読んだ後に清々しいんです。こういう社会で、みんな直立不動の姿勢で勤務している中で、夢がある。
尖閣に上陸した経験が
伊 憧れのかわぐちさんにお会いできるとなって、共通点を探しました。海上自衛隊が主な舞台だということはもちろん、今回編集者に指摘されて気付きましたが、『空母いぶき』も私の『邦人奪還』も、尖閣の問題から物語が始まるんですね。
か 何かが起こるぞという予感があって興味を持ってもらえる場所ではありますね。
伊 私自身は、2012年の夏に尖閣諸島の魚釣島に上陸した体験があるので、書きやすかった。
か 『邦人奪還』の冒頭、尖閣諸島の魚釣島での行動の描写は、実際に足を踏み入れた人でないと書けませんよね。ヤギが多いことや植生にまで触れながら、特殊部隊員の現場での動き方を伝えている。伊藤さんが上陸された際の記事を昔読みましたが、あれは何のためだったのですか。
伊 前線を守る海上保安庁の人たちを励ますために国旗を掲げようと、2012年の8月、個人で上陸し、魚釣島の山頂に登ったんです。身柄を拘束される騒ぎとなり、結果的には海保の人にご迷惑ばかりおかけしたので反省していますが……。国有地化の前だったこともあり、私自身は無罪放免でしたが、その後に上陸した人は送検されています。
か 当時の記事を読み、だからこそお会いしてみたいとも思いました。私は上陸したわけではないので(笑)、そこまでの思い入れはありませんでしたが、『空母いぶき』で相手を中国海軍にした時点で、尖閣から始める流れがあったのかもしれません。
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