【特別対談】「潜入取材」だからこそ分かるリアルな現実(下)

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森健:横田さんの取材は、自分の目と鼻と耳で確認していくという手法で一貫しているなと思います。今回のレポートのタイトルにも入っている「潜入」って強烈な言葉ですが、要するに、横田さん自身が疑いの目を持ちつつリアルな現実を知りたい、ということですね。自分の取材スタイルについていろいろ言われることをどう思いますか。

「アマゾン潜入」の「裏側」

横田増生:潜入の一番いいところは、フィルターなしで見ることができる。取材を申し込んで物流センターに行っても、見せてくれるところは限られてくる。潜入の場合は、そういう制約なく全部見られる。

 アマゾンの場合だと、物流センターの規模であったり、指示の無茶苦茶加減であったり、仕事中に何キロ歩くなど絶対に教えてくれない。1日で構内を20キロ実際に歩くと足がどのくらいしんどいかということを実感できるのは一番大きいですね。

 まあ、嫌いじゃないというのもありますね。1回やってみて、いろんなものを見てからの方が書きやすいといえば書きやすい。

森:これまでユニクロ、ヤマト運輸、佐川急便、アマゾンなどいろいろなところに潜入していますけれども、こういうところにいつも気を配っていた、といったことはありますか。

横田:ある程度調べることですね。アマゾンの場合だと、取り扱うアイテム数が相当増えたとか、物流センターの大きさがこのくらいになったとかいったことを調べたうえで行く、という感じですね。

森:受賞作(『潜入ルポ amazon帝国』)でも、小田原の物流センターでは5年間で5人の死者が出た、という話がありましたが。

横田:僕、その本をアメリカに持ってきてなかったので、アマゾンのキンドルで買いました(笑)。アメリカにいながら、キンドルなら一瞬で買える、と(笑)。

 あの場面は、自分でも読んでいて久しぶりに悲しくなりました。亡くなった方々のお母さんや奥さんに話を聞いた当時のことを思い出すと、なぜアマゾンはこの人たちに、夫や娘が倒れたときに連絡の電話1本もしなかったのだ、という単純な怒りが湧きました。

森:ワールドインテックという作業員派遣の会社とか、あるいはアマゾン側のPRスタッフとかにもものすごい縛りがある。本社側の6ポイント制度(減点制度。持ち点6から引かれ、0になると馘首される)といったものも含めて、恐ろしく管理の厳しい会社ですね。

横田:アマゾンで、自分で好きなようにしゃべれるのは創業者のジェフ・ベゾスと、コンシューマー担当CEOのジェフ・ウィルケ、それにAWS(アマゾンウェブサービス)トップのアンディ・ジャシーCEOの3人だけです。日本法人トップのジャスパー・チャンなんか全然しゃべれない。しゃべる権限を持ってないですから。日本の売り上げなんて彼らは発表できない。アメリカのアニュアルレポートで発表されるだけです。だからジャスパー・チャンを夜討ち朝駆けして取材しても、何にも出てこないですね。

森:日本の会社でいう地方営業所くらいの感じですか。

横田:そうですね。日本では社長だけれども、アメリカに行くと部長くらいじゃないですか。

森:今回の受賞作で面白いと思ったのは、マーケットプレイス周辺のあやしい業者など、前の本(『アマゾン・ドット・コムの光と影』2005年、情報センター出版局『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』2010年、朝日文庫=)と違って、アマゾンに関する取材の視点がいろいろ広がったところがあると思います。

横田:章立てを書いていると、あれもこれも書かなきゃといっぱい章ができてしまって、その中から最低限これだけ書いたらアマゾンが見える、という部分を選んだというところです。

森:それでもあれだけの量になった。

横田:ちょっと多かったかなという感じはしますけれども、出版業界の話も書きたかったし、マーケットプレイスのあやしい人たちも書きたかったし、マーケットプレイスで困らされている人たちの話も書きたかった。

 ご存じの通り、アマゾンのビジネスを調べると、自分たち自身の売り上げよりもマーケットプレイスの売り上げの方が多い。利益はAWSで出している。

 AWSについては、本当は書きたくなかったのです、僕がテクノロジーのことはわからないから。でもそういうわけにはいかないので、僕がわかることを書いた。結局絞ったけれども、いろんな面や違った視点から見る必要があったのかなという気がします。

森:この本についてのアマゾンのカスタマーレビューを読むと、潜入取材だけじゃないところに言及しているのがよかった、という意見がすごく多い。“過酷な潜入、膨大緻密な資料収集と裏取り、いわば肉体も頭脳もフルに使っての労作には頭が下がります”とか、“ビジネス棚に並ぶ絶賛本とは一線を画す批判的な筆致だが、その姿勢も行きすぎずほどよくバランス感覚がある”とか。

 読者からすると、知りたいことを知ることができた、という思いがある。一方で、“逆にアマゾンに依存することのリスクを改めて考えさせられた”というレビューもあった。読者がほしいことをあまさず書いているのが一番よかったのだろう、と僕は思いました。

横田:僕自身は書きすぎたかなという心配はありましたが、今回は賞もいただいたことですし、それはそれでよかったのかなと思います。

『評伝 柳井正』を書いてみたい

森:僕が同じ書き手としてすごく好きなのは、横田さんがしれっと面白い実感を漏らすところです。そういうちょっとユーモラスなところがいいな、と。

横田:嫌味みたいなことを書くところですか。

森:そうそう、嫌味とか。

 たとえば、こういうところです。

〈彼の話を正確に理解するため、私は、マニュアルの製作者を頂点としたピラミッドを描き、お金の流れを表す棒線を下から上へと書き足し、これでいいのか、と桜井に確認した。

「その通りです」と彼は答える。

 ふーん。それは、法律の素人である私が聞いてもアウトだね。

 古典的なねずみ講で、ねずみ講防止法(無限連鎖講の防止に関する法律)に引っかかるよ〉(『潜入ルポ amazon帝国』)

 けっこう笑えるじゃないですか。

横田:その彼は、もとはちゃんとした企業に勤めていたのです。鉄道会社だったかな。でもねずみ講も知らないのか、と思ってびっくりした。

森:文庫本『ユニクロ潜入一年』(文春文庫)では、柳井正氏の会見に無理やり入って質問した話を追補で書いていますね。株主総会でしつこく質問していると、向こうがあわてて、言葉に詰まる。こういうところの書き方もおかしい。

横田:柳井さんはたぶん、打たれたことがない、反論されたことがない人。だからいつも『日本経済新聞』でふんぞり返って、今の社会や日本はなっとらん、と宣うのは得意だけれども、じゃあこれはどうですか、あなた自身はどうですかと突っ込まれたときはおろおろして、うろたえる。それがカッコ悪いと思う。

森:そういう側面は、『日経』などには出てこないです。

横田:『日経』に出てこないから、僕の本の書評も『日経』には載らない(笑)。

森:横田さん自身も書かれているけど、柳井さんをほんとに取材したら、変わった人で面白いと思うんですよ。

 だから本来的には、表に出てきた方が彼のためになると思うけれども、そういうところがうかがえないのは、肝っ玉が小さいというか……。

横田:いつもふんぞり返るようなイメージじゃないと、彼はメディアに出られないのでしょう。もうちょっと砕けた感じ、チャラけた感じとかでは、出る自信がないんでしょう。でも出たら面白いと思いますよ。

 僕もユニクロの広報に「僕に2時間×10回、柳井さんの時間をください。『評伝 柳井正』ってどう?」と、企画を何度も提案しているのです。でも「いやー、1回でも難しいですからね、横田さんのことは」みたいな感じ(笑)。

森:向こうからしたらめちゃくちゃ怖いでしょうからね(笑)。

横田:僕は蛇蝎のように嫌われているから。

マイケル・ムーアとの共通点

横田:映画監督マイケル・ムーアに『ロジャー&ミー』っていうデビュー作品があります。ゼネラル・モーターズ(GM)のロジャー・スミス会長(当時)を追いかけるという内容ですが、ぼくは過去2回観ようとして2回とも寝落ちしている。

 今回アメリカに来て、初めて全編通して観ましたが、マイケル・ムーアも株主総会とかに潜入するわけです。それが自分に、なんだか笑えるぐらい似ているなと思って(笑)。

森:そうだったんですか(笑)。

横田:マイケル・ムーアがしつこくしつこく追い回して、追い回すほど嫌われるみたいな。

森:なるほど、それは観てみたいですね。

横田:この映画に、フリント(ミシガン州)という町が出てきます。また、ムーアが『華氏119』という映画でも描いていますが、この町では2014、15年に水危機があったんです。水道水に鉛が入っていたという問題。

 僕もこの町を取材したのですが、なぜ取材したかというと、ここにもシステミック・レイシズム、制度的人種差別があるから。ミシガンの人権委員会が50枚くらいのレポートを出しているくらいです。

 実際に行ってみると、町の人口の半分くらいが黒人。ミシガン州全体では黒人比率は10%もないと思いますが、フリントだけは多い。

森:集中したんですね。

横田:フリントはもともとGMの城下町だった。工場があるから、1950~60年代に、仕事を求めていっぱい黒人がきたわけです。

 この町は自動車労組発祥の町でもあり、労働者が強かった。ところが80年代以降、GMはグローバライゼーションでフリントから逃げていった。そうすると、一緒に逃げるお金のない黒人たちが逃げ切れずに残った。

森:治安的に大丈夫なんですか、取材での身の危険とか。

横田:地元の人に案内してもらってガスステーションでガソリンを入れているとき、40代ぐらいの黒人女性が、助手席に座っている僕にずっと話しかけてくる。彼女はたぶん売春婦だったのか、「遊んで行け」と。とにかくお金が欲しかった様子でした。案内の人が後で、「ここは夜など1人で来ない方がいい」と教えてくれました。

 そんなフリントでも、高級住宅地はある。僕が取材したいといったら地元紙の編集長が招いてくれたのですが、その人は白人でけっこうハイクラスだから、住んでいるところはお金持ちのエリア。一方、僕を案内してくれたボビー牧師という人が住んでいる地域は、半分が空き家。ボロボロになっているから危ないといえば危ない。

森:そうなってくると、割れ窓理論じゃないですけど、いったん荒れるともっと悪くなっていく。

横田:そこに住むのはちょっと危ない感じがしましたけれども、ホテルから行く分には全然危ない気はしなかった。

 フリントは治安は悪かったけれども、それでも基本的に昼間は大丈夫です。

 治安で一番怖かったのは、ミネアポリスでジョージ・フロイドが撃たれた後に取材に行ったときです。警察とデモ隊がバチバチやっていて、頭の上を弾が飛んで行った。まあそれは戒厳令みたいな特殊な状況でしたからね。ただ、ジョージ・フロイドが亡くなった場所自体はとても平和な場所。平和というか、みんなが平和にしようとしていましたから、夜1人で歩いても大丈夫なくらいでした。

見えてくる「グローバライゼーション」

森:今取材中の大統領選はもちろん、ユニクロやアマゾンの取材でも同じかと思いますが、経済とか社会の変化を横田さんはどういう目で見ているんでしょうか。

横田:新潮ドキュメント賞選考委員の藤原正彦先生から『amazon帝国』について、グローバライゼーションとの関係についてもうちょっと書いたらよかったのではないか、というようなご指摘を受けたんですが、それはなるほどと思い、自分も勉強しなきゃと思ったところでもあります。

 グローバライゼーションを続けると、結局底辺に向かった競争というものがどうしてもつきまといますよね。差額で企業は儲けるわけだから、当然仕入れを安くということになる。アマゾンならば仕入先を叩いたり、マーケットプレイスの出品者から金を巻き上げたりするわけです。そのあたり、グローバル経済の勝ち組には同じことが見えるんだな、という気がしましたね。

 藤原先生のご指摘で思いましたが、グローバライゼーションがこうした状況を引き起こしたということをもう少し書けば、アマゾンやユニクロで共通の話が書けたでしょうね。

森:『amazon帝国』でも、イギリス、フランス、ドイツに行かれていますよね。だから、結論として意見を書いているかどうかは別にして、横田さんは横田さんとしてグローバル経済の実情も見ているのでは。

横田:取材しているといくつかつながってきます。たとえば『amazon帝国』では、イギリスの物流センターでは東欧の人ばかりが働いていた。それはまさしくヤマト運輸と同じで、ヤマトのセンターで働いているのは半分以上がベトナム人といったことにつながるし、ユニクロのビックロ(新宿東口店)で、外国人が半分働いていたということともつながる。結局労働するのは安い経済圏から来た人たちになる、ということがつながるのかな、と思います。

 ユニクロのときも、編集者に求められて取材のために中国に行きました。そこで初めて見た中国でも、家まで行くと貧しさが際立つわけです。ベトナムでも、家とも呼べない掘立小屋。そういうところに住む人たちを低賃金で使って利益を出しているのかと思うと、グローバライゼーションの勝ち組という人たちは、同じような気質を持つんだな、と思いますね。

 ベゾスにしろ柳井さんにしろ、ヤマト――ヤマトは国内企業だけれども、利益を上げようとする手法としては、似たようなものが出てくる。最初からそのことに関心があるというよりも、取材を続けてきてそういう問題に導かれた、という感じです。

誠実さは失わない

森:横田さんは「反グローバル」だとか、大文字の言葉を使わないですよね。主義の話は出してこない。

横田:あんまり主義の話をすると、それは読みにくくなるじゃないですか。『amazon帝国』を書いていながら、僕もアマゾン使っている。それを、「アマゾン使うな」みたいな話を書いても、読者に届かないというか、そもそも僕自身が使っているから違うじゃないか、ということになるでしょう。

森:それはありますね。

横田:「〇〇するな」とか「〇〇主義」とか「反グローバル主義」とかいうのは言葉が大きすぎて、僕自身がたじろいでしまいます。

森:アマゾンのカスタマーレビューでも、「著者もちゃんと使っている」とか「そういうことを書いているのが好ましい」とか、要するに声高にあることを主張していないのがいいんじゃないか、ということが書かれている。

 その誠実さをジャーナリストは見失いがちで、つい大きなことを宣うか説教臭くなるけれど、そういうものがなくリアルなところがいい、という感想が多いですね。

横田:イギリスには、アマゾン反対とか反アマゾンみたいな雑誌もあった。でもそれは、話としては面白いけれど、僕が共感できるかというとなかなかしづらいなと思った。アマゾンはやっぱり便利だからね。

森:『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』(光文社、2019年)を書いたジェームズ・ブラッドワースはどうでした?

横田:彼はけっこう左寄りの人ですね。

森:パラパラっと見るとそういう感じがありました。

横田:その本には僕は帯も書いたし、彼自身にも会っていますが、そんなに声高に主張する人ではなかったですね。本自体も、反グローバライゼーションというよりも、どうやってこうなったかといったことを歴史家のように彼は書いていて、今こういう状況になったのはなぜなのか、という感じですね。

『amazon帝国』には、フランスのジャーナリストのジャン=バティスト・マレが出てきますが、彼もけっこう左寄りで、共産党の新聞とかにもいろいろ書いている。でも本になると、そんなに主義主張とかない。日本では『トマト缶の黒い真実』(太田出版、2018年)が邦訳されています。

森:さっき話に出たように、読者に届かなくなる可能性もありますよね。

横田:受けないというか、響かないですよね。「アマゾンで買うのを絶対やめましょう」という本も書けないことはないだろうけれども、「ちょっとなんかずれてない?」となりそうです。

 もっとも、アメリカに来てからはあまりアマゾンを使っていない。部屋まで運んでこないから。

森:どういうことですか?

横田:アパートに受付があるのですが、そこに持ってくることがしばしばある。しかも、10個20個と山積みしてあったり、その箱が破れていたり。

森:適当ですね。日本とはずいぶん違いますね。

横田:物流という意味では、日本の方が数段実力は上だと知っていましたが、ここまでとは。

森:ひどいですね。

横田:置いてある箱の中身を見て、「これは違う」という状態で放置してある感じで、そういう中から自分の荷物を探さねばならない。そうなると頼むのに二の足を踏みますよね。だから、アメリカ本土に来て、アマゾンの使用量は極端に減りました。

横田増生
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て米アイオワ大学ジャーナリズムスクールで修士号を取得。1993年に帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務め、1999年よりフリーランスに。2017年、『週刊文春』に連載された「ユニクロ潜入一年」で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞(後に単行本化)。著書に『アメリカ「対日感情」紀行』(情報センター出版局)、『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋)、『仁義なき宅配: ヤマトVS佐川VS日本郵便VSアマゾン』(小学館)、『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋)、『潜入ルポ amazon帝国』(小学館)など多数。

森健
ジャーナリスト、専修大学文学部非常勤講師。1968年、東京都生まれ。早稲田大学法学部卒業。在学中からライター活動をはじめ、科学誌、経済誌、総合誌で専属記者を経て独立。2012年、『「つなみ」の子どもたち』(文藝春秋)と『つなみ 被災地の子ども80人の作文集』(企画、取材。文藝春秋)で第43回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2015年、『小倉昌男 祈りと経営』(小学館)で第22回小学館ノンフィクション大賞受賞。2017年、同書で第1回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞受賞、ビジネス書大賞2017で審査員特別賞を受賞。著書に『人体改造の世紀』(講談社)、『天才とは何か』(数研出版)、『グーグル・アマゾン化する社会』(光文社)、『ビッグデータ社会の希望と憂鬱』(河出文庫)ほか。

Foresight 2020年10月27日掲載

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