「魅力度ランキング」に栃木県知事が激怒 調査した「ブランド総合研究所」の正体とは?
ここ数年、秋になると「都道府県別魅力度ランキング調査」が話題になる。都道府県別の魅力度の発表は2009年から始まり、今年分は10月14日に発表された。結果、栃木県が初の最下位に。すると、同県の福田富一知事(67)が、調査を行っている「株式会社ブランド総合研究所」(東京都港区虎ノ門)に出向き、調査方法の改善を訴えた。そもそも、この会社の正体とは?
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株式会社ブランド総合研究所は港区虎ノ門にある5階建ての小さなビル内にある。1階は庶民的な居酒屋。訪れた栃木県知事の福田氏は拍子抜けしたのではないか。
会社概要によると、同社の社員は10人。資本金は2500万円で、2005年の設立だから、発足から15年しか過ぎていない。
この歴史の浅い小規模企業の発表する都道府県別魅力度ランキングが、万単位の職員を擁する知事たちを一喜一憂させているというのだから、なにやら開高健の風刺小説じみている。
昨年までは7年連続で最下位だったが、今年は42位になった茨城県の大井川和彦知事(56)は、ランクアップを「良いこと」と評価したものの、一方で「上がった要因がよく分からない」「実態はもっと上位」と不満を隠さなかった。
40位だった群馬県の山本一太知事(62)はブランド総合研究所に対する不信感を露わにした。「チームを作ってランキングの中身を検証し、反論したい」と宣言した。
実は、ブランド総合研究所への不信感は茨城県内では長くくすぶり続けていた。県職員、県財界人らが「おかしい」と言い合っていたのである。
まず、同社が歴史の浅い、小さな民間企業にも関わらず、その調査結果が大々的に取り上げられていることが、釈然としなかった。
なるほど、都道府県別魅力度ランキング調査は近年、ほぼ全ての新聞やNHKを含めたテレビが取り上げるが、ブランド総合研究所が株式会社であることを報じるマスコミはまずない。無論、その歴史や会社規模など報じない。
ちなみに、同社の社名は日本のブランド・マーケティング学の第一人者である陶山計介・関西大商学部教授(70)が発起人となった「一般社団法人ブランド戦略研究所」と似ているが、まるで関係ない。だが、混同している人もいる。
茨城県職員、水戸商工会議所メンバーらの声を再録しよう。
「ネットを使っているというが、10人規模の会社が、どうやって3万人規模の大掛かりな調査をしているんだ」
「そもそも調査が始まった2000年代はネット環境が整ってなかったはず。それなのに全国津々浦々、お年寄りまで調査できたのか」
「この会社は魅力度の調査もやる一方で地域ブランドアドバイザーとして魅力度を上げる仕事もしている。利益相反になるんじゃないか」
観光や農産物のイメージにも影響するとあって、怒り心頭だったのである。
地元紙・茨城新聞もたびたび取り上げた。同紙もこの調査には疑問を呈していた。
「魅力度ランキングがそもそも指標として適切なのかという疑問は本県でも以前から出ていた」(10月20日付同紙)
それでも株式会社ブランド総合研究所は調査の正確性を主張してきた。どんな調査なのかというと、今年は6月から7月、全国の20~70代の男女を対象にネットで行ったという。約3万2000人から回答を得たのだそうだ。
その調査とは、同社側が示した地域について「どの程度魅力的に思うか」と質問。5段階で回答してもらう。うち上位の「とても魅力的」「やや魅力的」の回答割合を反映するなどしてランキング化するのだという。回答する人の年代や性別、地域に偏りはないことなどから正確、なのだそうだ。
とはいえ、栃木県知事の福田氏によると、調査全体の母集団は約3万2000人にもかかわらず、同県内について回答したのは約600人しかいない。同社を訪れた福田氏は「これでは精度が上がらない。もっと(調査する)人数を増やすべき」と同社に進言した。同社はサンプル数を増やすことに前向きだったという。
もっとも、この同社の対応を嗤うのは前出・茨城県のベテラン職員だ。
「調査対象から直談判されたからといって調査方法を変えるなんて、聞いた試しがない。調査方法に自信があったら、突っぱねればいいじゃないか」(茨城県のベテラン職員)
いつの間にか権威に
さて、都道府県の知事や職員たちが苦虫を噛みつぶすブランド総合研究所の代表取締役とはどんな人物なのか。
名前は田中章雄氏。1959年、福井県生まれ。北陸高理数科(福井市)から東京工業大理学部に進み、卒業後は日経BP社に入社した。日経新聞系列の出版社であり、「日経ビジネス」などを発行している。
同社で雑誌記者、開発部次長、調査部次長、日経BPコンサルティング調査部長などを務め、2003年に日本ブランド戦略研究所を設立。代表取締役社長に。2005年 に株式会社ブランド総合研究所を新たに設立し、代表取締役社長に就任した。
同社が行うのは地域ブランドおよび企業ブランドの戦略立案、調査、PR、商品開発などである。誤解する向きもあるが都道府県ブランドだけをやっているわけではない。2016年6月にはテレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」に登場し、電機メーカーのシャープのブランド力について語っている。
もっとも、いつの間にか都道府県のブランド力を語る際に欠かせぬ存在に。都道府県別魅力度ランキングと田中氏の存在を権威化させたのはマスコミにほかならない。
調べた限り、ブランド総合研究所による魅力度調査は初回の2006年10月発表分から既に新聞の地方版に掲載された。新聞社側の信用を瞬くに得た。ただし、都道府県別の魅力度ランキングではなく、当時は市ごとのランキングだった。
都道府県別魅力度ランキングが初めて発表されたのは2009年。この年から早くも新聞に掲載された。最初に掲載したのは同年9月12日付毎日新聞朝刊の群馬版である。「地域ブランド調査 県の魅力度、47都道府県で45位」と報じた。
ただし、最もブランド総合研究所と田中社長の報道に熱心だったのは朝日新聞にほかならない。報道量も多いのだが、なによりも扱いが他紙とは違う。
例えば昨年5月9日付朝刊の茨城県版用に、記者が田中社長を伴って都内にある都道府県のアンテナショップを訪れ、それぞれのショップを評定させた。地域ブランドの戦略立案もやっている田中社長にとって、結果的には格好のPRにもなったはず。
同じく朝日の同年10月19日付朝刊の「ひと」欄にも田中社長は登場。今度は全国版である。記者は知事たちが抱く不満や疑問点などには触れず、見出しは「ランクアップを目指す自治体はハラハラ、ドキドキだ」。まるでゲーム感覚だ。もちろん当事者たちの思いは違う。観光、農産物はカネ、暮らしに直結するのだから。
両記事には首を傾げた読者も少なくないはずだが、よく見ると、どちらも書いた記者は同じ。この記者が書いた2つの記事にはブランド総合研究所が株式会社であるという明記はなく、どんな組織なのかの説明は全くなかった。
朝日は今年分の発表も比較的大きく扱った。10月15日朝刊の第3社会面のヘソ(紙面の中央付近)である。担当は違う記者。今度はさすがに、ブランド総合研究所のことを「民間調査機関」と明記してあった。「勝手格付け」する組織の性質を明記しないことを、校閲担当者や紙面審査担当者がずっと問題にしなかったら、仰天するしかない。
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