「巨体化」「長尺ドライバー」デシャンボーの秘策に立ち塞がる「マスターズ委員会」 風の向こう側(81)

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 コロナ禍の影響で今年の「マスターズ」は「春の祭典」から「秋の祭典」へ変更され、11月12日の開幕が刻一刻と近づきつつある。

 マスターズが11月に開催されるのは初めてのこと。これまで「オーガスタ・ナショナルGC」は4月のマスターズ終了後、5月ごろからコースをクローズしてメンテナンス期間に入っていた。しかし、マスターズが11月へ延期された今年は、通常より2カ月も早い春先からコースをクローズし、長期のメンテナンスを行ってきた。

 その甲斐あって「ベント芝のグリーンは最高のコンディションだ」と、米ゴルフメディアは報じている。

 だが、「状態が最高なのはグリーンのみ」という報道もあり、9月末に公開された航空写真は、コース一面が茶色に枯れたオーガスタ・ナショナルの「変わり果てた姿」を示し、ゴルフ界を驚かせた。

 ところが、それからわずか10日後の10月3日には緑一色のオーガスタ・ナショナルの航空写真が出回り、世界のゴルフ界を仰天させた。

 その変貌ぶりは、まるで魔法だった。

「オーガスタが再びワンダーランドになった」

 そんな喜びの声がSNS上で飛び交い、オーガスタ・ナショナルの威力と魔力にあらためて驚かされた。

 とは言え、それはあくまでもオーガスタ・ナショナルの見た目、外観の話であり、茶色から緑色へ変貌したコースがプレーに対してどんな影響をもたらすのか、気温も湿度もまったく異なる春と秋ではフェアウェイの固さやラフの重さはどんなふうにどれぐらい違うのかといったことは、蓋を開けてみるまでわからない。

 そう、オーガスタ・ナショナルの本当の威力と魔力、そして魅力は、マスターズ・ウィークがやってくるまでは、ベールに包まれたままなのだ。

400ヤード超え!

 そんなふうに秋のオーガスタ・ナショナルが謎めいている一方で、優勝候補の筆頭に挙げられているブライソン・デシャンボー(27)も、さまざまな面で謎に包まれている。

 肉体増強による飛距離アップに取り組み、その甲斐あって9月の「全米オープン」を圧勝し、メジャー初優勝、米ツアー通算7勝目を挙げたデシャンボーは、今、ゴルフ界で最もホットな選手だ(2020年9月25日『貧しく苛められ嘲られてもメジャー制覇「デシャンボー」の我が道』参照)。

 ラスベガスのブックメーカーによるマスターズの優勝予想では、デシャンボーのオッズは8倍で、言うまでもなく優勝候補の筆頭だ。

 デシャンボー自身、全米オープンを制覇したときには、すでに次なるメジャー、マスターズ制覇に自信を示し、「オーガスタには48インチのドライバーを携えていく」と宣言。以後、世界中の注目を独り占めしている。と言っても48インチのドライバーの詳細は「今はシークレットだ」と明かさず、その代わり、強烈な言葉を口にして自信を漲らせた。

「ミスを抑え、ミスの幅を狭めることができれば、48インチのドライバーを駆使して、オーガスタを簡単に掌中に収めるプレーができる。オーガスタは、そうやって戦えるコースだ」

 この言葉、勢いや思いつきで口にしたわけでは決してない。そもそもデシャンボーが肉体を巨体化して飛距離アップをしようと思い立ったのは昨年のことで、そのころからは40ポンド(約18キロ)、コロナ禍でツアーが休止されたころからは20ポンド(約9キロ)ほど彼の体重は増している。そして同時に、彼はドライバーのシャフトを少しずつ長くしながら試打を重ね、さまざまな実験を繰り返してきた。

「2.5インチ伸ばしたら、どれほどスイングスピードが上がり、どれだけ飛距離がアップするか。それは驚異的で本当に驚いた。とても興奮している」

 1年以上前から発案、プランニング、実行という具合に、ステップを踏みながらコツコツ前進してきたデシャンボーは、9月の全米オープン優勝後、10月上旬の「シュライナーズ・ホスピタルズ・フォー・チルドレンオープン」を8位タイで終えてからは、以後4週間を欠場し、自宅のあるテキサス州ダラスでチームの面々とマスターズ対策に余念がない。

 そんな中、10月23日にデシャンボーが「インスタグラム」で自身初の400ヤード超えを発表した。計測器が示した数字の写真がアップされており、「403.1」が燦然と輝いていた。そこには、こんな一文が添えられていた。

「初めてキャリーで400ヤードを超えた。48インチのドライバーではないけどね」

 現行ルールで許容されるシャフトの長さは48インチが最長であり、いくらデシャンボーが破天荒であっても、ルールに反して48インチ以上のドライバーを持つことはない。

 つまり、デシャンボーが403.1ヤードを記録したのは48インチより短いドライバーだったということになり、48インチのドライバーを振れば、403.1ヤード以上を飛ばせる可能性もある。

 そこまで飛ばすことができ、彼が言う通りミスを最小限に抑えることができたら、もはやマスターズに挑むデシャンボーに「怖いものはない」と思えてくる。

スロープレー徹底取り締まり

 しかし、飛ぶ鳥を落とす勢いになればなるほど、「ところがどっこい」という話が持ち上がるのは世の常である。

 米メディアは、デシャンボーのマスターズ制覇を阻止するであろう要因を見つけ出しては報じており、そんなに意地悪な記事を出さなくてもいいのにと私などは思ってしまうのだが、中には「なるほど」と頷ける指摘もある。

 たとえば、

「日照時間がデシャンボーの最大の敵になる」

 という説は一理あるなと思える。

 従来の4月の開催時期と比べると、11月は日没が2時間半ほど早いため、オーガスタ・ナショナルは夕方5時半には暗くなり、1日2時間半、4日間で合計10時間もプレー可能な時間が減ることになる。

 米ツアーのレギュラー大会では、プレー進行を早め、スケジュール通りの進行を保つ目的で、1番と10番の双方から午前組と午後組に分けてスタートし、3人1組のスリーサムで回る「2ウェイ3サム」がすでに常態化しているが、格式高きマスターズは長年「スタートホールは1番のみ」「最終日は1ウェイ2サム」にこだわってきた。

 しかし、昨年は激しい雷雨の予報を受けて、史上初めて最終日を「2ウェイ3サム」に変え、そこで勝利を挙げたのがタイガー・ウッズ(44)だった。

 秋開催の今年の状況は、さらに厳しい。日没が早まるため、予選ラウンドの「2ウェイ3サム」は必須だ。最終日は全米で一番人気のスポーツ「NFL」のTV中継が午後4時5分から予定されているため、マスターズはその前までに何がなんでも勝敗を決着させる必要がある。

 そうなると、主催の「マスターズ委員会」は必ずや選手たちのプレーペースにこれまで以上に敏感になり、スロープレーに対する取り締まりが例年以上に厳しくなることは確実だ。

「それが、デシャンボーの優勝を阻止することになる」

 という説が米メディアから発信され、それを耳にして「なるほど」と頷かされた。

 デシャンボーのスロープレーぶりは、すでに周知の事実。たとえば、2019年の「ザ・ノーザントラスト」では、2メートルのパットに2分20秒をかけ、同組だったジャスティン・トーマス(27)らが呆れ返ったほどだった。

 デシャンボーが巨体化してツアーに登場してからは、彼の肉体と驚異的な飛距離に視線を奪われるせいか、彼のスロープレーは、ここしばらくは取り沙汰されていない。

 だが、今年のマスターズの4日間は、日没までに全選手をホールアウトさせ、とりわけ最終日は午後3時(米東部時間)までの決着を目指して進行しなければならないという特殊事情の下、デシャンボーが「マスターズ委員会のスロープレー徹底取り締まり」の最大のターゲットになる可能性は大だ。

 そうなったとき、果たしてデシャンボーは冷静に対応することができるのかどうか。彼のマスターズ初優勝は、おそらく、その先にある。

「南アの黒豹」の名言

 もう1つ、いわゆる「グリーンブック」の使用が禁じられることも、「デシャンボーのマスターズ制覇を阻む要因になる」と囁かれている。

 グリーンブックとは、グリーンの傾斜や芝目などグリーンに関する情報を詳細に示すアンチョコのこと。かつては、ハイテク機器を駆使して計測・分析された情報が満載されており、試合中、選手もキャディもグリーンブックに頼り切りで、それがスロープレーを生み出しているという指摘が実に多かった。

 そのため、2018年にグリーンブックのサイズやスケールに厳しい制約が設けられ、それまでのようなハイテク技術の産物は禁止され、マニュアル感が漂う手作りのグリーンブックしか使用できなくなった(2018年8月8日『「全米プロ」直前! 米ツアー大揺れ「グリーン“アンチョコ”ブック」禁止騒動』参照)。

 だが、自分が必要とする情報を時間をかけて収集・分析し、記入しておけば、自分に役立つアンチョコを作り出すことは今でも可能。研究熱心で「狂った科学者」とまで呼ばれているデシャンボーは、自分専用のグリーンブックを作り出し、グリーンに到達するたびにそのグリーンブックを覗き込んでからパットする。だから1パットに140秒もかかるのだ。

 しかし、マスターズでは、サイズやスケールがどうであれグリーンブックの使用は許可されず、その代わり、マスターズ委員会が用意する「グリーンブック的なヤーデージブック」が出場選手全員に配布される。

 かつて、配布されたヤーデージブックを見たデシャンボーは、

「このヤーデージブックは僕のグリーンブックと同じぐらい正確なのかと問われたら、答えはノーだ。マスターズ制覇は、だから難しい。試合中、グリーン上で頼れるのは自分の目だけになってしまう」

 頼れるのは自分の目だけ――本来、それは当たり前のことではないのだろうか。それがゴルフというものではないのだろうか。

「グリーンが読めない者は豆でも売ってろ」

 とは、マスターズ3勝を含むメジャー9勝を挙げた「南アの黒豹」ゲーリー・プレーヤー(84)の名言だが、このフレーズをデシャンボーに聞かせたところで馬の耳に念仏であろう。

 そして、我が道を突き進むデシャンボーは、すでに次の手、奥の手を考え出し、来たるマスターズを制覇するために着々と準備を重ねているはずである。

 巨体はどこまで巨大化し、48インチのドライバーはどこまでボールを飛ばすのか。スロープレーやグリーンブックの取り締まりに翻弄されることなく、デシャンボーはマスターズを制し、グリーンジャケットを羽織ることができるのか。

 史上初の「秋のマスターズ」が待ち遠しくてたまらない。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2020年10月26日掲載

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