「歯周病」でコロナのリスクが増大 「すい臓がん」「認知症」「心筋梗塞」にも影響
インフルエンザの手助けも
それにしても、なぜ歯周病菌は、かように体の隅々にまで悪影響を及ぼすのだろうか。花田教授は、
「歯周病菌は『アウターメンブランベシクル(OMV)』という、ごく微小で体内のバリアをことごとく突破してしまう物質を放出しています。このOMVには、先に述べたLPSがたくさん詰まっています。腸内細菌と腸管の細胞は通常、共存するために接触しない仕組みで、高分子の細菌はブロックされるのですが、歯周病菌はごく小さなOMVを盛んに出していて、このブロックを破り、腸管の細胞に接触してしまう。最近の研究では、そこに含まれる毒素のLPSが潰瘍性大腸炎の悪化する原因ではないかと見られています」
この微小体はまた「ジンジパイン」という毒性のたんぱく質分解酵素も持っており、それが認知症にも大きな影響を及ぼすという。
「アルツハイマーは、たんぱく質の老廃物である『アミロイドβ』が脳に蓄積し、また『タウたんぱく』が変性するのが特徴です。脳内には血液脳関門があって、細菌の侵入をブロックしていますが、その関門すらも、OMVを構成するLPSは突破すると考えられます」
LPSが脳内に入ると、
「脳神経細胞からアミロイドβが放出されることはすでに証明されています。また歯周病菌のジンジパインと結合することで、アミロイドβとタウたんぱくの変性を起こす可能性が高いことが昨年の論文で明らかになりました。つまり、アルツハイマー型認知症の二つの特徴は、いずれも歯周病菌で説明できるというわけです」
これら歯周病菌を含む口腔細菌は、あまつさえインフルエンザも引き起こしかねないというのだ。
「インフルエンザウイルスは『ヘマグルチニン』『ノイラミニダーゼ』という二つのたんぱく質を持っています。私たちの細胞にインフルエンザが侵入するには、このヘマグルチニンをたんぱく質分解酵素で開裂(かいれつ)させなければなりません。そしてウイルスが次の細胞に乗り移る時にノイラミニダーゼが必要になる。ところが歯周病菌を含む口腔・咽頭の細菌は、このプロセスに必要なたんぱく質分解酵素(ジンジパイン)とノイラミニダーゼの両方を備えているのです」
つまりはインフルエンザウイルスの増殖を手助けしているというのだ。加えて、
「タミフルやリレンザなどの抗ウイルス薬は、このウイルスが持つノイラミニダーゼの活性を抑えますが、歯周病菌を含む口腔細菌のノイラミニダーゼは抑えられません。服用する患者さんが歯周病だと、せっかく活性が止まっても、また元に戻ってしまうのです」
今年の冬はインフルエンザと新型コロナウイルスの混合感染が懸念されており、
「歯周病菌がインフルエンザ感染を加速させることにつながり、非常に危険な状況だと思います」
そう警鐘を鳴らすのだ。
最新口腔ケアの「3DS」
口腔から派生する恐ろしい“合併症”の数々。我々が日常で心がけるべきは、
「歯周病を加速させるのは、酸化反応で引き起こされる生体に有害な『酸化ストレス』です。LPSによって活性酸素が多く排出されるわけですが、それを阻止するのは食物です。抗酸化作用のあるビタミンA、C、Eがいいでしょう。また骨を作るため、キノコや魚介類などのビタミンDも欠かせません。これは新型コロナウイルス感染によるサイトカインストームを起こす酸化ストレスにも当てはまるので、歯周病の予防によって、今年の冬の『発症』『重症化』『死亡』というサイクルを相当抑えられるのではないでしょうか」
また、生体内の活性酸素を抑える酵素もあるという。
「スーパーオキサイドディスムターゼ(SOD)と言います。これは活性酸素に刺激されて細胞から放出されるのですが、このSODを多く出すNrf2というペプチド(アミノ酸が繋がってできた化合物)があります。このNrf2を活性化させる食物は青じそやクルミ、ブロッコリーなどです。また、緑茶に含まれるカテキンなどポリフェノールも植物系の抗酸化物質で、摂取すると効果的です」
が、そもそも食べる以前に歯自体のケアは不可欠である。花田教授いわく、
「それには『3DS(デンタル・ドラッグ・デリバリーシステム)』と呼ばれる方法が有効です。歯型を採り、そこに石膏を流し込んだ模型と樹脂を使い、マウスピース状のトレーを作ります。その内側に抗菌剤やフッ化物ジェルを塗り、5~10分間、歯にはめると、歯周病菌が死んでいきます。一度型を作れば、あとは自宅で毎日歯磨きの後に5~10分間はめるだけで構いません」
全国には現在、3DSを受けられる歯科医院は300ほどあり、歯型作りを合わせた費用はおよそ10万円だという。もちろん、日々の歯磨きも欠かせない。
「少なくとも1日2回はすべきです。歯ブラシも虫歯用と歯周病用とで使い分けるといいでしょう。虫歯予防にはバイオフィルムを除去するために毛が短くてコシがあるタイプを、ゴルフクラブを手のひらで握るような『パームグリップ』で持つ。そして歯周病用には、歯周ポケットに届くような毛が長くて柔らかいもので、ペンを持つ感じでソフトに磨くといいでしょう」
あわせて舌磨きも重要で、
「歯面の菌だけでなく、舌の菌も問題です。口内の死んだ細胞は舌の中央部に集まって菌が繁殖し、それを嚥下するからです。舌磨きは中央部をかき出す感じで、化学物質を使わずに専用の『舌ブラシ』で残渣(ざんさ)を除去するのが一番です」
引き籠もりがちの生活にあっては、規則正しい暮らしを心掛けることから始めるしかない。花田教授も、こう指摘する。
「たばこを吸ってもがんにならない人はいます。だから“リスク因子”という言い方をするのですが、歯周病菌も多くの病気のリスク因子になります。重要なのは、その中に除去できる因子があるということ。遺伝子や加齢などは取り除けませんが、歯周病は予防できるので、この疫病禍ではなおさら取り除くべきです」
口腔の健康があってこそ、コロナにも立ち向かえるというのだ。
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