監督「長嶋茂雄」94年の優勝、知られざる舞台裏 チームを一つにした戦略とは(小林信也)

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毎晩枕を叩いて

 それを私が知らされたのは、この年の5月に完全試合を達成した槙原寛己からだ。槙原は前年のオフ、一度はFAを宣言。バラの花束を持って自宅を訪れた長嶋監督に慰留された。その槙原が神妙な顔で言った。

「キャンプ最初のミーティングで、長嶋監督が言ったのです。“オレたちは絶対に勝つ。これから毎晩寝る前に、今年は絶対に優勝すると誓ってから眠ろう”と」

 忠義に厚い槙原は、長嶋監督に言われたとおり毎晩、床に就く前に枕を叩いて、「オレたちは絶対に勝つ」とつぶやいたという。それから半年以上、何度も何度も口にした言葉を、都ホテルで長嶋監督が叫んだ時、槙原の体内で激しい化学変化が起こった。おそらく、他の選手も同様だったろう。

「オレたちは絶対に勝つ」

 その一言は長嶋監督が周到に準備した起爆剤だった。1シーズンかけてチームの内部に火薬を詰め続け、最後にポッと火を点けた。

 1回裏、中日のチャンスを二塁元木の好判断で併殺に切り抜けると、巨人の気迫が圧倒する展開となった。

 2回表、先制ホームランを打ったのは落合だった。途中、守備で足を痛めて退場した。しかしもう十分だった。ここまで落合の打率は2割8分、ホームラン15本。奇しくも長嶋の予言どおりの数字だった。

 長嶋をひらめきだけの監督と見る向きも少なくない。もちろん、ひらめきこそが長嶋の天性であり魅力には違いない。だが、浪人を経て復帰した監督・長嶋は、余人の想像を超える戦略も内に秘めていた。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。「ナンバー」編集部等を経て独立。『長島茂雄 夢をかなえたホームラン』『高校野球が危ない!』など著書多数。

週刊新潮 2020年10月15日号掲載

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