「豊饒の海」はすでに実効支配されている! 「尖閣」で中国と闘う漁師たちの証言

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「尖閣ブランド」の魚

 改めて、現場の漁師は何を思っているのか。

「国に言いたいこと? 私は漁師だから大した話はできないけど、しっかり守ってほしいとは思いますね」

 とは、前出の高江洲さん。

「守るっていうのは、船溜まりを作ってほしいということ。あそこで留まるには、アンカー(錨)を打つしかないんだけど、潮の流れが速いから、ロープが切れてしまうんです。そうなったら漁をやめて帰るしかないんですよ。でも、船溜まりがあれば、そこに着けて休んでいられる。それこそ、1週間でも留まっていられる。そうしたら漁獲高は今より遥かにあがりますよ」

 これについては、前出の仲間市議も熱く語る。

「島に港を作ったり、灯台を作ったり、漁民のための無線基地、気象観測所、こういうものを作るべきだ。そうしたら漁はだいぶ安全にできるようになりますよ」

 実は1979年、旧沖縄開発庁は魚釣島に無人の自動気象計を設置したことがあったという。

「ところが、中国の圧力ですぐに撤去してしまったんです。もったいないことをしたね。今こそそれをするべきですよ。今の政府は、中国との摩擦が生まれないことを第一に考えていますが、それはおかしい。安定した維持管理をするんだったら、毅然とした態度を取って、漁師を守る施設に着手すべきです」

 そして、海保の職員への感謝も口にするのだ。

「現場の職員は苦労しているよ。時化の中、時には、波をものともせず、船から降りて、我々と中国船との間にモーターボートに乗って入ってくる。勇気ある行動だよ。でも、彼らも島の現状について、これでいいのか、という気持ちはあるんです。だから我々が行くと喜ぶんですよ。“ご苦労様です”って」

 ともあれ、こうしたインフラ整備については、一朝一夕ではいかない。

 仲間市議は、その前段階として、今取り組んでいることがあるという。それは、尖閣の魚のブランド化だ。

「あそこの魚はうまいんです。だから、ブランドとして確立できれば、値がつくでしょ。それで商売になれば、たとえ中国船がいても、燃費が高く付いたとしても、もっともっと尖閣に行く船は出てくるはずですよ。石垣や宮古、与那国の船が気兼ねなく尖閣に入って魚を獲っていくようにしたい。そのために『尖閣』の商標を取りました。この標を貼って出荷する。いずれは豊洲にも卸したいんです。この魚を食べていただくことで島が守れるし、漁師も食っていける仕組みを作りたいんです。そうすれば、中国領一歩手前のような今の状況も、もっと変わるんじゃないか」

 中国のものとなりつつある、豊饒の海・尖閣を何とか守らんとする漁師たちの本音。

 この危機の折も折、国のトップとなった菅義偉総理は、秋田の雪深い山村の出身だ。彼は果たして、南西の海原に生きる海人たちの苦衷に耳を傾けてくれるだろうか。先の習近平国家主席との電話会談では、「懸念」を表明するに留まったが……。

西牟田 靖(にしむたやすし)
ノンフィクション作家。1970年、大阪府生まれ。豊富な海外旅行経験を基に、旅・現場・実感によって立つ作品を発表し続けている。ルポ『誰も国境を知らない』『ニッポンの国境』を著すなど、尖閣諸島や北方領土の取材経験も豊富。最新刊に『中国の「爆速」成長を歩く』がある。

週刊新潮 2020年10月8日号掲載

特集「『豊饒の海』はすでに実効支配されている! 『尖閣』で中国と闘う漁師たちの証言」より

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