「天才・長嶋、努力の王」はウソだった? 打撃コーチが明かしたミスターの素顔(小林信也)
カメラマンに頑として
私にも、長嶋の打撃論に驚かされた記憶がある。
雑誌「ナンバー」の333号、背番号3のユニフォーム姿で表紙を飾る写真撮影。94年、監督復帰2年目のシーズン中のことだ。
スタジオでカメラマンが上から糸でボールを吊りさげ、ちょうどいい場所にセットしていた。
「ここでバットを構えてください」、カメラマンが頼んだ。言われたとおり、バットをボールに向け、長嶋は即座に首を振った。
「ボールはここじゃありません」
えっ? カメラマンも我々も理解できなかった。
「ボールはどこに来るか、わかりませんよね? ここが一番いいアングルで撮れるのですが」、カメラマンが遠慮がちに抵抗した。長嶋は頑として首を振った。
「いいえ、ここです」
そう言って、ボールを腹の前の一点に動かし、
「ボールは必ずここに来ます」、真剣な顔で言った。
それこそが、長嶋茂雄が到達した打撃の核心そのものだったのだろう。
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