30年前の1990年を振り返る 小池百合子、山本太郎、桑田佳祐…は何をしていたか?
「十年一昔」とはよく言ったものだが、近頃は、10年前と比較して何がどう変わったか気付かないことも多い。総理大臣は8年間同じだったし、テレビに出る顔触れも代わり映えはしない。しかし、30年前ともなれば、堂々と「一昔」の感覚が生じる。今や「三十年一昔」である。
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「およげ!たいやきくん」が空前の大ヒットを飛ばした1975年を例に挙げたい。
「沖縄海洋博」が巨額の赤字を算出し、長嶋茂雄率いる新生巨人軍は創設以来初の最下位。真夏の「吉田拓郎・かぐや姫コンサート インつま恋」で吉田拓郎が「人間なんて」を絶唱した記念碑的な年でもある。
その30年前の1945年はと言うと、太平洋戦争の最終盤を迎えて制空権は奪われ、国民は空襲に怯えていた。実際、東京大空襲では大勢の人が死んでいる。
地獄の沖縄戦があった。神風特攻隊は南の海に若い命を散らし、広島と長崎の原爆投下。中立条約を破ったソ連が火事場泥棒的に参戦。そして無条件降伏。パイプを咥えたマッカーサーが厚木に降り立った……。完全に別世界である。30年の重みは、社会倫理どころか風景すら一変させてしまうことがよく判る。
では、2020年の30年前、1990年はどうだったか。
平成が始まって2年目、世間的にはまだバブル経済の残り香がふんだんにあった。
海外で土地を買い漁る日本人は後を絶たず、「高学歴・高収入・高身長」の「3K男子」は持て囃され、「危険・キツイ・汚い」の「3K仕事」は忌避された。年収500万円を「安い」と見る向きもあったのは、今では笑えない冗談と言っていい。
この2人は30年後に、野党のヒラ議員になって、共産党とも協力態勢を取り結びながら…
筆者の手許に当時の人気コミック『冬物語』(原秀則作/小学館)がある。
連載は1990年3月に終了。最終第7巻は「1990年7月5日刊行」とある。1987年の連載開始から愛読していたにもかかわらず、筆者がさほども気にならなかったことは、登場人物がやたらと煙草を吸う場面である。
浪人生、東大生、日大生、三流大生、女子大生、フリーターに至るまで、多くの登場人物が煙草を吸う。大半は未成年である。それでも躊躇なく喫煙風景は描かれる。画に馴染んでさえいる。
飲酒も同様だ。主人公である18歳の浪人生は、何食わぬ顔で居酒屋に入って酒を嗜む。
ラーメン屋でも呑む。主人公の友人である18歳のフリーターが、厨房で煙草を吸いながらラーメンを作り、客の求めに応じてビールを出す。そこにもさしたる違和感はない。
つまり、1990年を18歳で迎えた筆者も、作品と同様、普通に居酒屋に入って酒を呑み、友人たちは煙草を吸っていたのだ。
女性の何割かはメンソールだった。それを思うと現在とは別世界のようである。昔を懐かしがっているわけではない。
むしろ、煙草の臭いが服に付着しなくなっただけ有り難いとは思う。
とはいえ、社会的な倫理が向上したというわけではまったくない。老人を食い物にする詐欺まがいのビジネスがなくなる気配は一向にないし、子牛や子豚が盗まれるような事件は、少なくともこの時代にはなかった。
政界はどうか。小沢一郎が“剛腕”を発揮するようになったのも1990年からである。
2月の総選挙で、自民党を大勝に導いたのは、幹事長だった47歳の小沢一郎と、総務局長だった40歳の中村喜四郎の竹下派コンビだった。
もし、1990年の政界関係者に、「この2人は30年後に、野党のヒラ議員になって、共産党とも協力態勢を取り結びながら、自民党政権打倒を訴える」などと言えば、まともなに扱いされないのは確実である。
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