中国の嘘を暴いた書籍『中国コロナの真相』 税関で検閲・廃棄されていた

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「政治的に敏感な内容であるので、この荷物は届けられない。廃棄処分を受け入れますか」

 運送会社フェデックスから、このような電話があった。9月に上梓した『インサイドレポート 中国コロナの真相』を6冊、編集者が日本から北京に住む私の元に送ってくれたのだが、中国の税関で押収されてしまったのだ。「廃棄を受け入れない」という選択肢は事実上無い。「罰金を課せられる可能性もある。廃棄が一番いい結果になる」という説明だった。

 同書は、中国共産党や習近平国家主席を根拠なく誹謗中傷しているワケではない。私が知り得た事象を丹念に追った事実の記録である。その内容がウソではなく真実だからこそ、中国で「政治的に敏感」とみなされ、廃棄の憂き目にまで至ったとも言える。一体、中国当局にとってどんな事実が危険なのか?

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 中国人は極端である。しかも人目を気にしない。

 ウォーターサーバーのボトルに穴を開けてかぶったり、ゴミ袋をまとったり、傘にビニールを吊るした移動式の隔離部屋をさしながら歩いたり。不細工だろうが、滑稽に見えようが、自分を守るためならお構いなしだ。それどころか、手製の防護グッズの内側で優越感のような表情さえ見せる。まだ新型コロナウイルスがほぼ中国だけの問題だった頃の風景だ。

 日本人なら恥ずかしくてしないだろうな、と先ず思った。次に、いや本当にしないだろうか、と疑問が湧いた。そして気づいた。それは中国人の姿なのではなく、パニックに陥った人々の姿だった。情報がない、あっても信じられない中で、自分の命を守るための当然の行動だったのだ。

 コロナ禍が広まり、人口2千万以上あるはずの北京の町から人が消えた。SF映画に描かれる核戦争後の世界の終わりのようだった。縦に長いはずの道路が、寒々しいくらいに横に広く感じた。1キロ先で倒れた鉛筆の音でさえ聞こえそうだった。

最初は何もせず、その後はパニックに

 未知の事態に直面し、中国は何をしたのか? あえて正直な印象を言うと、最初は何もしなかった。

 毎年の大晦日、国営の中国中央テレビは、習近平国家主席が執務室に座って国民に向けて述べる新年の祝辞を放送する。武漢市が「原因不明の肺炎の発生」を発表したのは、2019年のその大晦日だった。しかし、習主席の祝辞の中には、未知の病の危険に晒された武漢市民への気遣いも、すでに確認されていた感染者に対する見舞いの言葉もなかった。国営メディアを通じて示された最高指導者の無関心は、国民に「ああ、大したことはないのだ」と思わせるのに十分すぎる効果があった。

 習氏が新型コロナウイルスの対策めいたものに初めて言及するのは、その3週間後の1月20日である。新型コロナウイルスに関する「重要指示」を出したと発表された。ここにきて中国は、未知のウイルスの脅威にやっと覚醒したと言えたが、その事態に及び中国が次に晒したのは、パニックだった。官僚が記者会見で失態を演じたり、地方官僚が中央を批判するかのような発言を公然としたり。非合理に思える対策も、朝令暮改もあった。

 中国は、ウイルスを抑え込むために人を抑え込んだ。外国人の私でさえ例外ではない。自宅を出入りするのにも通行証の提示を求められる。人の家に行けないし、自宅に人も呼べない。行きたい場所が見えていても、検問で止められてその先に進めない。

 国内では人を閉じ込めているのに、国外には大量に人を送り出した。おりしも春節(旧暦の新年。2020年は1月25日)、中国人が心待ちにしている大型連休の時期である。日常から解放され、前々から楽しみにしていた海外旅行に大挙して出かける国民の気持ちは、理解できる。だが、どこかの国が中国人に対する入国制限でも匂わせようものなら、「過剰なパニックを撒き散らしている」などと騒ぎ立てる中国政府の態度は、全く理不尽で理解できない。

 国内で感染の勢いが収まると、今度は中国が迷惑を受けていると言わんばかりの「海外脅威論」を煽った。マスクや医師団を他国に送って、世界の救世主のような顔もしてみせた。中国が犠牲を払って世界のために防疫対策を取る時間を稼いだ、などと恩着せがましい理屈も吹聴した。「コロナの流行はそもそも中国のせいじゃないの?」などと指摘しようものなら、「コロナ対策での中国の世界への貢献を中傷する」などと噛みつく。そもそもの危機を拡散させておきながら、それに対応する時間を稼いでやったんだからオレたちに感謝しろ、とは、なかなか理解するのが難しい理屈だ。

 コロナ禍の中国では、ウイルスへの認識、その対策、人の行動、街の様子が目まぐるしく変わった。言っていることもコロコロ変わった。1週間前に起きた出来事を、思い出せないのではないかと感じるほどの激しい変化だった。

 その「変化」には、事態への対応によるやむを得ないものと、共産党の都合でひねり出された手前勝手なものの双方がある。

ウソを垂れ流す共産党

 実例をひとつ挙げておこう。

 最初の重要指示から1カ月近く経った2月15日、共産党中央委員会の機関誌「求是」のホームページ上に、習近平主席署名の文章が発表された。タイトルは「中央政治局常務委員会会議における新型コロナウイルス肺炎感染症対策研究時の重要講話」。内容は、時間を遡って2月3日の会議で習氏本人が話したもの、となっている。

 その文章の書き出しが、なんとも言い訳がましい。

「武漢で新型コロナウイルス肺炎感染症が発生した後、1月7日、私は中央政治局常務委員会会議を招集した時、新型コロナウイルス肺炎感染症対策について要求を出した。1月20日に、専門的に感染症予防対策に指示を出し……」

 北京で新型コロナの動向と国内の報道を追いながら知り得た限りでは、習氏の最初の動きは、先にも触れたように1月20日だった。この文章は、それよりも早く7日に指示を出したと言っていた。試しに7日の翌1月8日付の、共産党中央委員会の機関紙「人民日報」を遡って見ると、確かに7日に習氏が出席して政治局常務委員会の会議が開かれたという記事はきちんと載っているが、新型コロナについての記載は全くなかった。

 党のトップの重要な指示ならば、「人民日報」が触れないはずはない。もし7日に本当に何らかの指示を出していたのだとすれば、言及がないのは、習氏自身であれ、「人民日報」であれ、その時点では報道して国民に知らせる価値はないと判断した証左である。

 そのいずれでもないならば、習氏がコロナ禍の初期に何もせずにいた無策ぶりを繕うために、過去に遡って架空の指示を事実化しようとした、端的に言えば「ウソをついた」ということになる。

 習近平氏は、「求是」の発表3日後、2月18日には、イギリスのジョンソン首相と電話会談した。国営新華社通信によれば、習氏はこう述べたという。

「中国は人類運命共同体の理念を持っており、自国民の生命の安全と健康に責任を持つだけでなく、全世界の公共衛生事業にも責任を持つ。我々は莫大な努力をし、感染症が全世界に蔓延するのを効果的に阻止した。中国側は引き続き透明性を保って情報を公開し、イギリスを含む各国と協力していく」

 世界中が、中国の透明性を悉(ことごと)く疑っている現実がある。習近平主席は国内ばかりか、国外にも自分の口から言い訳をする必要を感じたに違いない。

著書が中国で廃棄処分に

 ウソを言い続けて真実にしてしまう中国共産党の「いつもの手口」は、新型コロナウイルス騒動でも遺憾なく発揮された。そのことに強い危機感を覚えた。ウイルスの発生当初に何が起きたのかを記録しておかないと、繰り返されたウソで何層にも塗り固められた厚い壁で真相が見えなくなってしまうのではないか、と。

 我々は新型コロナウイルスの大流行から何を学び、もし新たな感染症の流行に直面したら何をすべきか。もし、再び中国発の「何か」が起きた時、世界は何を信じるべきで、何を信じるべきでないのか。

 コロナ禍は現在進行形である。後に事実誤認が明らかになることもあるだろう。だが、新型コロナウイルスが全世界の人の命を危険に晒し、人類の行動さえ変えた事実は疑いようがない。だから、その流行の発生源となった中国で何が起き、中国が何をしたかをあいまいなままにしておくことはできない。同時代に生きる全ての人、そして将来生まれてくる子供たちに対する義務のような気持ちで、『インサイドレポート 中国コロナの真相』を書き、9月に上梓した。

 さて、冒頭の話には続きがある。北京の税関で没収された6冊の拙書。「廃棄のためにパスポートを提出せよ」とフェデックスが要求してきた。まるで中国当局が、フェデックス経由で、私の身辺調査でも始める勢いではないか。それを拒否すると、今度は日本の編集部の方にフェデックスから電話がいった。「没収した本を廃棄するには配送者からの依頼状が必要なので、中国当局宛に一筆書いて欲しい」と求められたという(もちろん編集者は拒否)。自分の都合で勝手に本を没収しておいた上で、「お前が依頼したから本を捨てておいてやったぞ」という理屈を平然と作り上げようとするのは「さすがは中国共産党」と言うしかない。

 しかし「国民が読んではいけない本」のブラックリスト入りしたことは、本書の狙いが正鵠を射ていたと中国共産党が公認したようなものである。あまり嬉しくない顛末だったが、そう考えれば、少しは溜飲が下がる。

宮崎紀秀(みやざき・のりひで) 1970年生まれ。ジャーナリスト(在北京)。一橋大学社会学部卒業後、日本テレビに入社。報道局社会部、外報部の記者を経て、2004年から09年までNNN中国総局に勤務(07年より総局長)。10年に日本テレビを退社。13年よりNNN中国総局特約記者。著書に『習近平vs.中国人』『中国コロナの真相』。

デイリー新潮編集部

2020年10月8日掲載

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