少年隊「錦織」「植草」退所で思い出す明大中野伝説 アイドルがみんな通った学園天国

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明中の豪華メンバーたち

 ちなみに、たのきんトリオは、「3年B組金八先生」(TBS)の第1シリーズ(79~80年)出身だ。この時の3-Bには、つちやかおり(56)や「顔はやばいよ、ボディにしな!」の山田麗子、つまり三原じゅん子厚労副大臣(56)もいたが、いずれも明中定時制に通っていた。

 彼らを上級生(あくまで入学時)として、そのひとつ下の学年には、「2年B組仙八先生」(TBS:81~82年)からシブがき隊の3人と三田寛子(54)。さらにアイドルの当たり年と言われた“花の82年組”がいた。

「シブがき隊も82年にデビューしていますが、小泉今日子(54)、中森明菜(55)、石川秀美(54)、いずれも明中定時制に籍を置いていました。明中の定時制は1学年1クラス。その中でダブったり、大教室でどの学年も一緒の授業もあったそうですから、売れっ子のアイドルたちが一堂に会したりしていたわけです。金八先生どころじゃない、華々しい教室だったでしょうね。彼らに会いたいからと受験する一般人もいたそうですよ」(同)

 そして、さらに下の学年にいたのが少年隊だった。

「3人とも一般の高校からの転入組でした。ヒガシは中3から受験勉強に専念し、公立高校に合格するのですが、入学初日からファンが高校に集まってしまい転入したそうです。明中に来たことで、芸能人として生きていく覚悟を決めたと言います」(同)

 同級生にはガールズバンド・赤坂小町(のちのプリンセス プリンセス)のボーカル、奥井香(53:現・岸谷五朗夫人)や、「翼の折れたエンジェル」の中村あゆみ(54)、森尾由美(54)、当時はアイドル志望だったパパイヤ鈴木(54)もいた。

「そんな彼らをスタジオに招いて、“同窓会”と称して番組を作ったテレビ局もありましたね」(同)

 11年4月5日に放送された「超豪華!!スタア同窓会」(日本テレビ)である。布川やパパイヤ、つちや、野々村真(56)、大沢逸美(54)らが出演して当時を振り返った。

「授業が夜ですから、錦織が『腹が減った。焼き鳥が食いたいなあ』と言うと、パパイヤと植草がパシリとなっていつも買いに行かれていた、なんてエピソードが出ていましたね。それを嗜めていたのが学級委員の三田寛子だったと。当時の明中の話題を独占していたのはマッチ。少年隊ではヒガシよりも、植草、錦織が出席率も高く、留年して同級生になった布川とパパイヤが悪さを繰り返していたという構図だったようです」(同)

三原じゅん子より怖い存在

 ところで先日、厚労副大臣に就任した三原先生は、大人しくしていたのだろうか。

「番組が放送されたのは彼女が国会議員になったばかりでしたから、ネタには出てきませんでしたね。もっとも、彼女よりも怖い人が同級生にいたそうです。日本最大の暴走族だったブラックエンペラーの伝説の元総長・宇梶剛士(58)です」(同)

 年齢は当時の同級生よりも2つ上だが……。

「拓殖大学第一高等学校時代に暴力事件を起こして少年鑑別所へ行き、その後暴走族に。抗争で逮捕され少年院に入った後、明中に来たそうです。ですからマッチたちよりも年上なんです。同窓会番組には宇梶さんも登場したのですが、みんなから“完全に極道だった”とツッコまれていましたね」(同)

 一方、明菜については、

「入学式で見ただけ、と話していました。その後見なかったと番組では語られていましたが、のちに布川が新情報をインタビューで語っていました」(同)

〈同時に転入したはずの明菜だけは、学校で一度も見たことがなかった。後日、同級生だった中村あゆみに聞いた話によると、学校には来ていたんだけど、どういうわけか1学年上のマッチさんと同じクラスで授業を受けていたらしい(笑)。マッチさんと明菜の仲が取りざたされるよりずいぶん前のことですよ〉(「週刊現代」14年11月1日号)

 その布川は、先輩であるつちやかおりと結婚(後に離婚)、薬丸は同級生の石川秀美と結婚、少年隊の植草は後輩と結婚(後に離婚)している。

「番組で布川は、つちやという彼女がいながら、夜な夜な森尾由美を実家の草加(埼玉)まで送った話もしていました。当時は免許を取ったばかりで、ナンパ車として有名だったソアラで学校に通っていたとか。もっとも、最初に助手席に乗せたのはキョンキョンだったそうです。80年代、まだ芸能界もマスコミも大らかな時代でした」(同)

 なお、明中の定時制課程は、03年3月の卒業を以て廃止された。

週刊新潮WEB取材班

2020年10月5日掲載

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