「日本不買」でも日本製しかない サムスン惨敗の「韓国」カメラ市場の背景
キヤノンとニコンが解像度競争を繰り広げ…
一眼レフは、ミラーで反射させた像を見て構図を決め、ミラーをあげてシャッターを切り、ミラーを下げて次の撮影準備に取り掛かる。
当初は手動でミラーを上下させたが、1952年、旭光学工業(後のペンタックス、現リコーイメージング)が、シャッターボタンを押すと自動でミラーが上下する「アサヒフレックス」を開発。
57年には、自動ミラーにペンタプリズムを併用して正立・正像が得られる「アサヒペンタックス(AP)」の量産を開始した。
APの仕組みは各メーカーが追随して一眼レフの標準となり、現在のデジタル一眼レフでも採用されている。
レンズが捉えた像を電気信号に置き換える撮像素子はCCDイメージセンサーとCMOSイメージセンサーがある。
CCDイメージセンサーは1969年、米国のベル研究所で発明され、ソニーが自社製ビデオカメラに搭載。CMOSも米国で発明され、日立製作所が自社製ビデオカメラに搭載した。
初期段階は、より画質が安定するCCDが主流だったが、CCDが専用のラインを必要とする一方、CMOSは半導体の製造ラインを流用できるため、カメラメーカーに加えて半導体メーカーも開発に取り組み、CMOSが撮像素子(画像センサー)の主流となった。
カメラの主流がフィルムからデジタルに変わると家電メーカーが次々と進出したが、市場を牽引するキヤノンとニコンが解像度競争を繰り広げ、後発メーカーは次々と脱落していった。
サムスンを買わない韓国人
キヤノンかニコンの一方が解像度の高いカメラを販売すると他方が追随し、解像度が低いカメラは価格が下がって、メーカーの収益性が低下した。
後発の家電メーカーは、ソニー、パナソニック、サムスンを残して撤退している。
パナソニックは2000年、ドイツのライカと提携。ライカは高い光学技術を有するが、電子技術はないに等しく、パナソニックは高い電子技術を有するが、光学技術は遅れていた。
パナソニックは収益性が高いレンズ交換式カメラ市場に参入し、ライカにコンパクトカメラのOEM供給を開始、ソニーは2005年、コニカミノルタのカメラ事業を買収してレンズ交換式カメラに参入した。
サムスンは2006年、ペンタックスと提携して一眼レフ市場に参入したが、ペンタックスは核心技術を提供しなかった。
サムスンは、電子技術は開発できるが光学技術のノウハウはなく、一方、ペンタックスが求めたのは開発資金で、サムスンから得る技術はなかった。
ペンタックスがサムスン製センサーを搭載した一眼レフを製造してカメラとレンズをサムスンにOEM提供するにとどまり、2011年、リコーがペンタックスを買収すると2社の提携は事実上、消滅した。
ペンタックスとの提携が消滅したサムスンは2011年、ミラーレスカメラ市場に参入し、世界カメラ市場で10%のシェアまで伸張して、キヤノン、ニコンに次ぐ3位の座をソニーと争ったが、2016年、カメラ事業から撤退すると発表した。
サムスンの家電事業は、韓国と先進国では高スペック製品を日本製品より安く販売し、中進国や後進国では、国情に合せた機能に絞り込んで価格を抑えた製品を投入する手法で市場を拡大してきたが、デジタルカメラは違っていた。
先進国に加えて韓国の消費者も高スペック品はキヤノン、ニコン、ソニーを選び、低価格品は自社製スマートフォンのギャラクシーと競合した。
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