「高齢ドライバー」の親に免許を返納させる具体策
入念な準備
風見さんの例からも分かる通り、認知機能が衰えた高齢者の家族や周囲は、思わぬ事故を起こす前に自ら免許を返納してもらいたいと願う。しかし、これがなかなか難しい。
なぜか。
認知症専門医にして『高齢ドライバーに運転をやめさせる22の方法』の著者であり、愛知県公安委員会の認定医も務める、川畑信也氏は言う。
「高齢ドライバーの異変は、赤信号なのに止まろうとしなかったり、車庫入れの際に車を壁などにこすったりするなどが典型で、家族が兆候に気づくことが多い。しかし、本人は“自分は大丈夫”と思いがちなのです。そもそも、軽度の場合は診断が難しく、認知症と健常状態の境界域の人もいます」
そして、高齢ドライバーが抱える事情が、免許返納に二の足を踏ませる理由になる、と付言する。
「特に地方では、車がなければ自分の田畑を回ることもできず、自宅からコンビニが10~20キロも離れているため、買い物にも行けない人が大勢いる。車を失うことは死活問題なのです。“運転をやめなさい”一辺倒では説得は進みません」
本人の自覚の低さに加えて、返納をためらわせる事情。ゆえに得てして、返納に際しては、親と子どもの対立が生まれがちだ。どう親を説得するか。自発的に免許を手放してもらえるか。
「返納の説得に成功した例には、共通点があります」
と述べるのは、九州大学大学院教授で、日本交通心理学会副会長の志堂寺和則氏。交通心理学が専門の教授は、『大切な親に、これなら「決心」させられる! 免許返納セラピー』の監修を務めた。以下、それに基づいて返納へのプロセスを描いてみよう。
車にこすったような傷がついているなど、免許返納の明確なサインが見えてくる。が、教授によれば、いきなり説得を始めるのはトラブルのもと。その前に、家族や周囲は「入念な準備」が必要なのだという。
「例えば、上京した子どもが、突然帰省して返納を求めてもうまくいきません。1~2年前から繰り返し帰省したり、頻繁に電話したりして信頼関係を醸成しておく。また、親の車の利用頻度、車を運転する理由について、考え、知っておくことも大切です。そして、家族みんなの問題として捉え、家族で“返納してもらう”との意思を統一しておくことが重要。話がこじれ、疲れ果てた時、頼りになるのは家族ですし、チームプレーで説得に当たることもできますから」
その際、何より、「返納後のサポートの準備」をすることが大切だ。
「車を手放した後のことを考えて、徒歩や公共交通機関を使った場合のスーパーなどへの道順や費用について、自分たちでも把握しておくべきです。そして、家族の誰かが送迎をしてあげる、出費を負担してあげるなど、対案を準備しておくのです。今は自治体や企業が免許返納者に対し、バス、タクシーの割引や回数券の発行といった各種の特典を用意していますので、そうした情報も事前に仕入れておくとよいでしょう。ネット通販の利用にも慣れるよう、促してあげてください。こうして返納後の対案を準備しておけば、いざ説得する際、本人の不安を解消してあげることになります」
こうした下準備を終え、いよいよ説得に移る。
とはいえ、ここでも焦りは禁物である。志堂寺教授は説得を3段階のレベルに分けて進めることを提唱している。
まず、第1段階。ここでの目的は、高齢になった親が説得に応じやすくなりそうな心理状態、環境を計画的に作ること。そのためのキーワードは、「共感」「同調」「権威」「好意」である。
「心理学的現象を表した言葉で『フィーリング・グッド効果』というのがあります。人は心地よい環境に置かれたときに、対人的評価が好意的になり、説得が成功しやすくなるのです」
例えば、父親の誕生日や結婚記念日など、家族全員が集まるような祝いの席を設けてみる。一緒においしいものを食べること自体が快感であり、相手の心を受け入れやすい心理状態になるという。そこで、返納について話をするきっかけとするのである。
「その上で、『共感』を得るような話し方をする。“最近、息切れがひどくなった”などと自分も年をとって体力が落ちたことを打ち明け、相手の自尊心を傷つけないように『老い』に気づかせたり、自らも将来、免許を自主返納すると宣言したりするのも有効です」
続いては「同調」である。
「これも心理学の考え方で、人間が周囲の意見や反応に合わせるという習性を利用したもの。例えば、“自主返納をする人が最近急増しているんだって”などと、それとなく事実を伝えてみるといい。そんなに多くの人が返納しているというなら自分も、とその気になってもらうのです」
さらに、有名人などの「権威」を利用するのも効果的だという。
「最近では、俳優の伊東四朗さんや杉良太郎さんらが、相次いで免許を自主返納して話題となっています。そんなニュースを教えてあげれば、頑固な人であっても心が動くのではないでしょうか」
このほか、「目の中に入れても痛くない」最愛の孫などが直接、返納をお願いすることも効果が大きい。
「“よく知る人や、好感度の高い人からの説得には応じやすい”という人間の性質、『好意のルール』を利用したものです。その相手はかかりつけの医師や、囲碁仲間の近所のおじさんかもしれません」
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