「高齢ドライバー」の親に免許を返納させる具体策

国内 社会

  • ブックマーク

 つぼみを模した碑は、交通事故ゼロへの願いを表している。雨が降れば、球体の窪みに水が溜まり、流れ落ちる。それは悲しみの涙を象徴しているという。

 今年7月11日、東京・豊島区内の公園で、ある慰霊碑の除幕式が行われた。これは、昨年4月、東池袋の都道で、当時87歳の飯塚幸三被告が運転する車が暴走し、松永真菜さん(31)、莉子ちゃん(3)母子が犠牲になった事故を受けて設置されたもの。被告が通産省工業技術院の元院長であり、逮捕もされなかったことから、“上級国民”というワードが話題になったこの事故をご記憶の読者も少なくないだろう。

 ここ数年、高齢者の運転による死亡事故は高止まり傾向にある。

 警察庁の調べによると、75歳以上の運転免許保有者はこの10年で2倍近くに増えた。昨年1年間に自動車やバイクで75歳以上の運転者が起こした交通死亡事故は401件に上る。死亡事故全体に占める割合は14・4%で、過去最高だった2018年に次ぐ高さとなっている。

 国も対策を強化し、先の通常国会では道路交通法の改正案が成立した。一定の違反歴のある75歳以上のドライバーに「運転技能検査」が義務付けられることになる。

「お前の親父が突然、高速道路の真ん中で車を停めたんだ。慌てて理由を尋ねたら“赤信号だったから”と。危なかったぞ」

 タレントの風見しんごさん(57)は03年の春ごろ、郷里の広島市に住む父親の親友から電話で忠告を受け、仰天したという。

「その方は、親父が運転する車の助手席によく乗っていて、少し前から言動や様子が変だということを知らせてくださっていました。私は最初は“親父も年だな”ぐらいにしか思っていなかった。でも、高速道路で急に停まるなんて尋常じゃない。この電話の後も、ボンネットを開けたまま運転していたとか、物忘れがひどくなったとか、だんだんと状態が悪化していきました。これはおかしいと、孫を見せるという名目で東京から広島に帰りました」

 この帰省時、風見さんは中学・高校時代の同級生の医師に父親を診てもらおうと考えた。認知症かどうか確かめたかったのだ。

「僕自身の体の調子が悪いという理由をつけて、一緒に医者の同級生のところに行ったのです。“ついでじゃけえ、健康診断しましょうや”と。それで診てもらったら、若年性アルツハイマー病との診断でした。当時65歳と比較的若かったのですが、もうこれは一刻を争うということで、親父の車の鍵を隠してしまったのです。ところが、どういうわけか一度、たまたま僕がいたときに、鍵を見つけたのです。親父は“なんで自分の車を運転できないんじゃ!”と激怒し、鍵を掴んだまま頑として離さず、取っ組み合いになってしまった。最後は羽交い締めまでして取り返しました」

 これを契機に、父親は一切運転をしなくなった。かつては鉄工所の職人として、毎日、当たり前のように車で職場に向かっていた父。そんな父親から力ずくで車を取り上げることには罪悪感を抱いたが、そうするよりほかなかった。

 実は風見さんはその後、07年、交通事故で当時10歳だった長女を亡くし、事故の悲惨さを誰よりも理解した。

「親父がもし加害者になっていたらと思うと……。事故を起こしてしまったら、取り返しがつかない。7年前に親父は他界しましたが、今でも、あの時に車の鍵を取り上げたことを後悔していません。僕が正しかったということを、娘が教えてくれたのです」

次ページ:入念な準備

前へ 1 2 3 4 次へ

[1/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。