うつ病の原因、ついに解明 リスクを12倍に高めるたんぱく質とは
リスクが12.2倍に
ここから、今回の発見へと繋がっていく。冒頭で触れた通り、近藤教授はヒトヘルペスウイルス自体がうつ病の原因となる可能性を解き明かした。中でも、うつ病と関わってくるのは「HHV-6B」だという。
「今から10年前は、多くの研究者がうつ病の原因遺伝子は必ずヒトの遺伝子から見つかるものだと考えていました。ところが遺伝子を全部調べても、うつ病の原因遺伝子は見つからなかった。そこで遺伝子ではなくウイルスに着目したところ、実に興味深い事実が判明したのです」
潜伏感染中のHHV-6が体内の疲労因子に反応して増え出し、唾液中に出現するのは先述の通りだが、
「HHV-6は口腔からさらに鼻へと遡り、脳の中でにおいを司る嗅球(きゅうきゅう)という部位に感染します。ここでHHV-6は『SITH-1(シスワン)』というたんぱく質を産出するのですが、このSITH-1は細胞内のたんぱく質『CAML』と反応して活性化し、嗅球内にカルシウムを流入させます。その結果、嗅球の脳細胞は死んでしまうのです」
嗅球は、脳の記憶を司る海馬とも密接に結びついており、
「嗅球の脳細胞が死ぬと、つながりのある海馬も多大な影響を受け、脳のストレス応答が高ぶることでうつ病に罹りやすくなるのです。ストレスがどのようにうつ病を引き起こすのかはいまだ謎の部分が多いのですが、脳の神経を障害してうつ病を引き起こすと考えられています」
とのことで、
「実際に今回の研究では、SITH-1陽性者は陰性者に比べて12・2倍もうつ病に罹りやすく、またSITH-1の影響でうつ病になった人は患者全体の79・8%にも及ぶという結果が得られました。遺伝子研究では、比率が1・2~1・5倍程度でも関係があると見なされます。その中で12・2倍という数字は突出しており、うつ病の主な原因の一つであると考えてよいと思います」
スター・ウォーズに因んで
ちなみにSITH-1という呼び名は、近藤教授が映画「スター・ウォーズ」に因んで付けたという。
「悪役の『シス』に由来しています。シスがアナキンに取りついてダース・ベイダーに変えてしまったように、SITH-1はヒトの脳に取りついてストレスをより多く感じさせ、うつ病のような精神疾患を引き起こすというわけです」
うつ病の原因の正体が掴め、早期治療に繋がる今回の発見。気になる実用化については、
「例えば会社の健診でSITH-1が陽性かどうかを調べれば、ストレスへの耐性が分かり、健康指導もできるはず。正しく理解してもらえればすぐにでも実用化できると思います」
そう太鼓判を押しながらも、
「SITH-1を防ぐ薬の開発については、もう少し時間が必要だと考えています。というのも、口から鼻に逆流し、最終的に嗅球へと到達するHHVをどこでブロックするかが難しい。嗅球にたどり着く前に止めるのであれば、薬をずっと飲み続けなければならなくなります。となると、嗅球に感染しても脳細胞が死なないような薬が作れればいいのですが……」
さらなる研究が待たれるところである。
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