うつ病の原因、ついに解明 リスクを12倍に高めるたんぱく質とは

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うつ病の「引き金」を特定

 コロナ禍で活動は制限され、心身に変調をきたす人も少なくない。うつ病は生涯で15人に1人が経験するという「国民病」なのだが、東京慈恵会医大の研究チームによって、その原因がウイルスにあることが先ごろ判明した。一体、いかなる仕組みなのか。

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 過労や強いストレスによって引き起こされるうつ病は、誰もが罹る可能性を帯びている。が、その発症メカニズムについては長らく解明されてこなかった。

 そんな中、今年6月に東京慈恵会医大の研究チームは、体内の「ヒトヘルペスウイルス」が唾液を介して口から鼻に逆流し、脳に感染すると特定のたんぱく質が作られることを発見した。さらに、このたんぱく質を持つ人が、持たない人に比べて12倍以上もうつ病に罹りやすいという結果も得られたのである。

 すなわち、うつ病の「引き金」となる要因を突きとめたわけであり、これらの研究結果は6月、米国の電子科学誌「アイサイエンス」でも発表されている。

 医学博士で、研究チームを率いる同大の近藤一博教授(ウイルス学)が言う。

「動物も含めると数百種類にのぼるヘルペスウイルスの中で、ヒトに感染するのは9種類です。まず口唇ヘルペスの原因となる『単純ヘルペス1型』、性器ヘルペスの原因となる『単純ヘルペス2型』、それから『水痘帯状疱疹ウイルス』があり、さらに特定のがんの原因とも目されている『エプスタインバールウイルス』、新生児に重篤な感染症を引き起こす『サイトメガロウイルス』。そして『ヒトヘルペスウイルス(HHV)-6』『7』『8』とあり、このうちHHV-6には『A』『B』の2種類があります」

 この9種のうち、

「HHV-6と7はヒトに100%感染する、人間ならば誰もが持っているウイルスです。通常、私たちは幼児期に家族などを通じて感染しますが、これらのウイルスは突発性発疹といった軽い発疹症を起こすだけで、体内のマクロファージ(白血球の免疫細胞の一種。死んだ細胞や体内の異物を捕食する細胞)に感染して静かにしています。これを潜伏感染といい、私たち“宿主”が疲労すると敏感に察知して再活性化し、外へ出ようと唾液中に出現するのです」

 従って、

「唾液中のHHV-6とHHV-7の量を調べれば、その人がどれだけ疲労しているかを客観的に分析することができます」

 というのだ。

「生理的疲労」と「病的疲労」

 実は近藤教授は2017年、HHV-6の研究から疲労の原因となる「疲労因子」を世界で初めて解明、発表している。それまで“疲労感”といった主観でしか捉えられてこなかった感覚に、客観的な尺度が備わったわけである。

「例えばHHV-6は、潜伏感染中も「H6LT」というメッセンジャーRNA、つまり特定の役割を持つたんぱく質を作る“指示書”を発現させています。通常の状態だと、H6LTからはたんぱく質は作られないのですが、体が疲れてくるとHHV-6に“増えろ”という指示を出すたんぱく質を作り始める。すると眠っていたHHV-6が動き始め、唾液中に出て新しい宿主を探しに行くのです」

 では、問題のメッセンジャーRNA「H6LT」は、どのように体の疲労を見極めているというのか。

「我々は『elF2α』という因子が『リン酸化elF2α』という物質に変化することで、『炎症性サイトカイン』というたんぱく質が産出され、これが脳に作用し疲労が生じることを発見しました。炎症性サイトカインは、細菌やウイルスが侵入すれば撃退して体を守ってくれますが、一方で体内の組織などが腫れ上がる腫脹や、発熱など炎症反応の原因にもなるものです」

 風邪の時に感じる“だるさ”も、これが原因であり、

「H6LTは、このリン酸化elF2αに反応してHHV-6に“増えろ”という指示を送る。HHV-6は、ヒトの疲労のメカニズムをうまく利用しているといえます」

 近藤教授の研究により、この原理を利用して唾液中のHHV-6とHHV-7の数値を調べ、疲労の数値化が可能となった。が、一方で疲労感を訴えながら値が少ないケースもあるという。

「疲労には、運動などの情報が脳に伝わって“もう休みなさい”という意味の生体アラームとして発せられる『生理的疲労』と、実際の仕事や運動とは関係なく病気の脳が勝手に疲労を感じてしまう『病的疲労』があります。前者は健康的な反応であって休息をとれば回復しますが、後者は脳神経が何らかのダメージを受けることで生じ、長時間持続するのです」

 その裏には多くの場合、うつ病が潜んでいるといい、

「ヒトヘルペスウイルスは生理的疲労には反応しますが、病的疲労には反応しません。すなわち疲労感があっても唾液中のHHV-6、HHV-7が正常値である場合は病的疲労であると言え、うつ病の兆候の一つを早期発見できるわけです」

 従来は6カ月続く疲労を「慢性疲労」と呼んでおり、

「『疲れが取れません』という患者さんにも、とりあえず『半年待ちましょう』としか言えませんでした。これでは早期治療など全くできません。ヘルペスウイルスを使った検査法が一般化すれば、その場で唾液中の量を調べ、治療を始めることもできるのです」

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