不本意にセッターに転向「中田久美」 タブーを破ったトス方法とは(小林信也)
中学1年の終わり頃、中田久美はバレーボール雑誌で「LAエンジェルス募集」の記事を目にした。
(受けてみたい!)
直感が走った。すぐ部活の先生に相談し、春休みに選抜テストを受けた。
「バレーを始めたのは中学から。まだ1年。実績もない、ごく普通の選手でした」
中田が振り返る。だが、受けたい! と強く思った、そのひらめきが中田久美の最初の《覚醒の時》だった。
LAエンジェルスは、1976年モントリオール五輪で日本の女子バレーを金メダルに導いた山田重雄監督が、次代の日本代表を育てるために発足させた英才教育チームだ。...