貧しく苛められ嘲られてもメジャー制覇「デシャンボー」の我が道 風の向こう側(79)

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「子どものころ、学校へ行くとき、ランチを買うお金を持っていくことができなかった。食べるものが何もない。そういう苦しい時期が我が家にはあった。作ることができたのは、せいぜいボローニャ・サンドイッチぐらい。それでも両親は、いつも僕にベストを尽くさせてくれた。ゴルフをする機会、練習して上手くなるチャンスを持たせてくれた」

 難コースの「ウイングドフットGC」(ニューヨーク州ママロネック)が舞台となった今年の「全米オープン」を、ただ1人アンダーパーで回り切り、2位に6打差の通算6アンダーで圧勝した27歳の米国人、ブライソン・デシャンボーは、優勝会見の冒頭で両親への感謝を口にした。

 ボローニャ・サンドイッチというのは、米国庶民の誰もが知っている手軽な家庭料理の1つだが、安価なボローニャ・ハムやボローニャ・ソーセージを挟んだだけの質素なサンドイッチは、経済的にも物理的にも厳しい生活を想起させるものの代名詞のように使われている。日本的な表現に言い換えれば「毎日、インスタント・ラーメンをすすっていた」という感じである。

 ランチタイムに1人だけ、何も食べられずにいたデシャンボー少年は、周囲からあれこれ言われ、いじめられていたそうだ。

「実際、僕は何をするにも動きがスローで、だから周りから、なんだかんだと笑われていた。どうしたら、そういう日々から抜け出せるだろうかと考えた。みんなの真似をしようとか、みんなと同じようになりたいとは思わなかったし、同じにはならないし、なれないと思った。僕には僕なりにできること、僕にしかできないことがあるはずだと思った」

 そして思いついたのは、ゴルフが誰よりも上手い子になること、そして勉強もできる子になること。ひとたび決めたら、まっしぐら。そういう性格が彼には生来、備わっていたらしい。

 動作は相変わらずスローだったが、学業では群を抜く成績を出し始め、ジュニアのゴルフ大会に出れば優勝や上位入りをして評判になり始めたデシャンボー少年は、いじめられっ子から人気者に変わっていった。

 考えて考えて、方法を見出し、実験や試行錯誤を重ねて答えを出す。結果を出す。デシャンボー少年が自力で辿ったそのプロセスは、すでに科学だった。

 同一レングス(長さ)のアイアンのほうが効率的だという独自の答えを得たのも、学生時代だった。周囲からは小馬鹿にされ、父親からも「馬鹿げている」と叱責され、大ゲンカもしたという。だが、自分が出した答えを信じて突き進み、さらなる努力と鍛錬を積み、さらなる結果を出していく。

 後に「マッド・サイエンティスト(狂った科学者)」と呼ばれ、全米オープンを制覇したメジャー・チャンピオン、デシャンボーの礎は、そうやって築かれたのだ。

規定違反に問われ

「PGAツアーにデビューしたころ、僕はパットのランキングでは、ほとんどビリだった。だから、ボールがどうやってどんなふうに転がるか、どう転がせばカップインするのかを学び、研究し、練習した。今、僕はツアーでパットのランキングはトップ10に入っている。これからも研究と練習を続けて、毎日、少しずつ、もっともっと上手くなりたい」

 ウイングドフットのグリーンは大半の選手を苦悩させ、みなスコアを落としていった。だが、デシャンボーだけは、日に日に硬くなってスピードアップしていったグリーン上で、まるで磁石で操っているかのようにボールをカップに沈めた。

 最終日の9番で決めた12メートルのイーグルパットは圧巻だったが、パーパットをことごとく沈めた様子は、まるでパーセーブ・マシーンのようだった。

 デシャンボーのパットがそんなふうに「機械化」するまでにも、やっぱり彼は科学のプロセスを経ていた。

 2015年に「全米アマ」を制し、2016年にプロ転向。翌年から米PGAツアーにデビューし、早々に「ジョンディア・クラシック」で初優勝を挙げたが、その直後からパットに苦悩し、「どうしたら入るようになる?」と思案に暮れた。

 ピン型、L字、マレット型。いろんな種類のパターを試し、いろんな形のストロークに挑んだ。「30種類ぐらいのチェンジをした」挙句、ようやく気に入って使い始めたパターは「USGA」(全米ゴルフ協会)から規定違反に問われ、ようやくしっくりきていたサイドサドル的なストロークも規定違反に問われ、再び独自のストロークを考案。

 そのストロークを最初に実戦で試したのが、彼が通算2勝目を飾った2018年の「メモリアル・トーナメント」だった。その年、さらに2勝を挙げ、2019年に1勝を挙げたが、今年、コロナ禍でツアーが休止されていた間には、「もっと確実にカップインさせられるストローク」を目指して改良した。

 それが、片方の腕を固定して打つ現在のストローク。すでに今年、7月の「ロケットモーゲージ・クラシック」と今回の全米オープンをこの独自ストロークで制覇した。

「パターヘッドをどれだけテークバックして、どれだけフォローを出せばどれだけ転がるかを、すべてわかってパットするのはとても快適で楽しい」

「僕だけのアドバンテージ」

 米国のメディアやゴルフファンの中には、独自の科学を主張するデシャンボーのことを「一次元的。表面的。血が通っていない冷たい感じ」などと揶揄する声もある。だが、デシャンボーはあっさり聞き流し、むしろ人々に語りかけている。

「いろいろ言う人は必ずいる。でも、そんなことに気を取られている暇はない。僕らはみんな毎日を生きている。昨日より今日をベターにするために生きている。僕は、そのことをみんなに伝えたかったし、伝えたい」

 今年、パンデミックで世界の動きが止まり、米ツアーも休止された。

「これを失われた年にしてはいけない、これを僕に授けられた絶好のチャンスに変えなければいけない」

 ツアー休止前より再開後をベターにするためにはどうしたらいいか、もっとできることはないかと考えた。そして、すでに相当あった飛距離をもっと伸ばし、誰よりも飛ぶパワーを得れば、「それは常に僕だけのアドバンテージになる」。

 そのために、すでに開始していた筋力増強プランをもっと強化し、極端なほど増強して驚異的な肉体改造をすることで、圧倒的なパワーと飛距離を手に入れようと決意した。

 1日6食とプロテイン・ドリンク6杯。5500カロリーを毎日摂取し、1日3回ジムでワークアウトして、24時間すべてが鍛錬。ツアー休止中だけで体重を20ポンド(約9キロ)増やし、360ヤードも370ヤードも飛ばすようになったデシャンボーが、そのパワーをフル活用してウイングドフットを制した一部始終は、あたかもデシャンボーの科学の検証実験ビデオを見せられているかのようだった。

説法師で求道者

「僕は、みんなに気付いてほしかった。上を目指すための目指し方は1つではないし、同じでもない。誰かの真似をするのではなく、別の方法があること、自分なりの方法があることを僕はみんなに伝えたかったんだ。

 アーニー(アーノルド・パーマー)は『自分のスイングをスイングしろ』と言った。マシュー・ウルフは、まさにそれをやっている。タイガー・ウッズもフィル・ミケルソンも、自分のスイング、自分のゴルフを持っている」

 それが、それぞれにとってのベストゴルフであることを伝えたい一心で、デシャンボーはマッチョ・ゴルファーへの道を突き進み、そして結果を出したのだ。

 優勝会見。米国人記者が、誰も今さら尋ねなかった、しかし基本的な質問をした。

「ブライソン、今の身長と体重は?」

「6フィート1インチ(約186センチ)。体重は230ポンドから235ポンド(約104~107キロ)の間。ステーキを食べたかどうかで変わるんです」

 茶目っ気を出したデシャンボーに、その記者も茶目っ気で返すように、さらに尋ねた。

「オーガスタには、もっと大きくなって行きたいかい?」

「うん、そうしたいね」

 そして、体重を増やすだけではデシャンボーの前進は止まらないらしい。

「来週からは48インチのドライバーを試すつもりです」

 望んで、挑んで、努力すれば、必ず道は開ける。

「自分の道を見つけると、パッションが生まれる。エネルギーが湧いてきて、元気になる」

 貧しさやいじめに喘いでいた少年は、自分の道を見つけ出し、自力で元気になり、誰よりも輝く今を手に入れ、それでもなお、昨日より今日をベターにするための歩を止めない。

 そんなデシャンボーは、科学者というより、生き方を説く説法師。そしてただひたすらに、愚直に、我が道を追い求め続ける求道者なのだろう。

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舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2020年9月25日掲載

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