菅総理の「携帯料金引き下げ」にかける執念 人事とデータで「官僚を屈服させた裏側」

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「安倍政治の継承」にせよ「自助・共助・公助」にせよ、菅義偉新総理が自民党総裁選で掲げていた政策は、いささか具体的なイメージを抱きづらい面があった。しかしその中で極めて具体的かつ身近に多くの人が感じたであろう政策が「携帯料金の値下げ」だろう。

「日本の携帯料金は高すぎる!」という某社のCMのようなメッセージを菅氏は官房長官時代から繰り返していた。2018年の講演では「今より4割程度下げる余地がある」と発言したことで、携帯電話会社はもちろんのこと管轄の総務省をも震え上がらせたのである。

 菅氏にとって、「携帯料金値下げ」は単なる人気取りのアドバルーンではなくて、長年の宿願だったと言えるだろう。

 慎重な発言で知られる菅氏がなぜ「4割下げ」という思い切った発信をしたのか。そこに至るまでにはイメージ通りの周到な準備があったようだ。NTTグループの会社役員を務め、業界を熟知する山田明氏の著書『スマホ料金はなぜ高いのか』では、菅氏の発言に至るまでのプロセスが明かされている。

 ここからわかるのは、官庁を動かす際の菅氏の情報収集力と実行力だろう。以下、同書から抜粋して引用してみよう(すべて第1章「日本の携帯料金はこれだけ高い」より)

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「4割下げ発言」への周到な準備

 2018年8月21日、菅義偉(よしひで)官房長官は札幌での講演で、「携帯料金は今より4割程度下げる余地がある。競争が働いていない」と唐突に表明し、関係者を驚かせた。この発言はテレビや新聞でも大きく報じられた。

 普段、講演では原稿を読まない菅氏が、この時は手もとの資料を見ながら話したことから、内容は事前に総務省と擦り合わせていたことがうかがわれた。講演で使用した電話料金の国際比較などのデータは内閣府が作成したもので、菅氏が周到に準備していたことが分かる。事実、その2日後には携帯料金について議論する総務省の審議会が開催されている。

 この講演に先立つ6月28日、公取が「携帯電話市場における競争政策上の課題について」と題する報告書を公表。携帯大手によるスマートフォン(以下、スマホ)の販売・契約慣行を「独禁法上、問題の恐れがある」と指摘しており、「利用者を不当に囲い込む行為には独禁法を厳正に執行していく」と警告していた。菅氏の講演は公取の報告内容とも整合し、綿密に計画されていたことが伝わってくる。

 官僚の人事でも、手は打たれていた。7月の中央省庁人事で、携帯電話の関連政策を担当する総務省の総合通信基盤局長に、第1次安倍内閣で菅氏が総務相を務めた時の、同局の担当課長だった谷脇康彦氏を就任させていた(その後、総務審議官)。谷脇氏は情報通信分野の競争政策では、省内で右に出る者がないと言われる。情報通信に関わる深い見識を持ち、NTT再編成にも携わるなど幅広く実務経験を積んできた人物だ。

 そしてもう一つ、人知れず布石が打たれていた。NTTの社長人事である。6月、NTT持株会社の鵜浦博夫社長は取締役として改選期を迎えていた。6年間の社長在任中、特に大きな失態もなく社長業務をこなしてきており、NTT社内のみならず業界関係者からも、鵜浦氏の取締役再任と会長就任を当然視されていた。しかし、政府は再任を認めず、鵜浦氏は相談役に退いた。

 民間企業の役員人事に役所が介入することは通常ありえないが、NTTは政府に3分の1以上の株式保有を義務付けられた特殊法人であり、役員人事は政府の認可事項であることが日本電信電話株式会社法(NTT法)で定められている。人事・労務畑出身の鵜浦社長の再任が認められず、ともに技術畑出身の篠原弘道会長、澤田純社長というNTT発足以来、例のない変則的な役員人事となった。

 鵜浦氏は手堅くグループを統率してきたが、社長在任中の2015年、安倍晋三首相が経済財政諮問会議で携帯料金引き下げの検討を唐突に指示している。それを受け、当時の高市早苗総務相が陣頭指揮をとったが、政府内で大きな推進力を作れず、大手の携帯会社が打ち出した新サービスも消費者の負担軽減にはつながらなかった。

 NTTドコモは、寡占化が進むスマホ市場のリーダー的存在だ。しかし、ドコモの主要な意思決定がNTT持株会社を抜きに行われることはありえず、当時ドコモが打ち出した新サービスに鵜浦社長の関与があったのは当然のことと受け止められていた。鵜浦氏の再任拒否は、料金の大幅値下げに向けた政府の強い意思表示とも受け止められる。

 そして、2019年9月に発足した第4次安倍内閣の改造人事で菅氏は官房長官に留任、総務相に高市氏が再び就任した。この人事は、携帯料金の大幅値下げに向けた安倍政権の執念の表れと見ることができる。

 かつて小泉政権下の2005年に竹中平蔵総務相の下で総務副大臣になり、情報通信行政について知識と経験を積んだ菅氏は、2006年9月に第1次安倍内閣が誕生すると総務大臣に昇格。第2次安倍政権発足以降は長く官房長官を務め、首相官邸に強固な足場を築いてきた。

 各省庁の審議官クラス以上の人事を内閣人事局が一元的に実施する方式に改め、「省あって国なし」と言われた政府を内閣官房一極集中型に変えることにも成功した。その菅氏は今、官房長官として内閣をまとめ、日本の情報通信の変革に取り組もうとしているようだ。

見破られた総務省調査のカラクリ

 さて菅氏は「日本の携帯料金は海外に比べて高い」と主張したが、日本の携帯料金はそれほど高いのだろうか。電話料金が海外と比べて高いか安いかを議論する場合、二つの視点で比較されることが多い。一つは家計支出に占める電話料金の割合であり、もう一つは料金水準そのものの比較だ。

 まず、家計支出に占める電話料金の割合を、携帯電話の行政当局である総務省の統計データで確認してみよう。

 総務省が毎年発行している情報通信白書(平成30年版)では、「家計におけるICT関連支出」の項に、次のように記述されている。「2017年の電話通信料の支出額は前年比1・5%増の12万2207円、世帯消費支出に占める割合は4・18%と、前年から0・04ポイント上昇している。内訳をみると、移動電話通信料への支出が増加傾向なのに対し、固定電話通信料への支出は減少傾向になっている。また、移動電話通信料への支出は固定電話通信料への支出の約4・6倍」。

 つまり、日本の家庭では毎月約1万円の電話料金を支払っており、その内訳として携帯料金は、固定電話料金の4倍以上支払われているというわけだ。

 一方、菅氏が講演で使用した説明資料は内閣府が作成したもので、この資料でも、家計に占める通信費の割合にスポットライトを当てて海外と比較している。

 それによると、家計最終消費支出に占める通信費の割合が、日本は3・7%でOECD加盟36カ国中4番目に高く、韓国(3・1%)や米国(2・5%)を上回る、とされている。家計に占める通信費の割合が高いのだから、日本の携帯料金は高い、という論法だ。内閣府の資料が示した数値(3・7%)は情報通信白書の数値に近いが、白書では海外の数値との比較はしていない。

 では、電話料金の水準そのものを海外と比べてみたらどうなのか。同じ白書の「電気通信料金」の項では、以下のように記述されている。

 まず国内料金について「固定電気通信料金の水準は2010年以降ほぼ横ばい、移動電気通信料金については減少傾向で推移」とあり、携帯料金は国内では下がってきている、との説明だ。

 しかし、この説明では海外と比較して高いのか安いのか分からない。そこでさらに調べてみると、総務省は講演の翌月、「電気通信サービスに係る内外価格差調査」の、2017年度調査結果を公表していた。公表された携帯料金の国際比較が【図表1】だ。

 この調査によると、2016年度に引き続き、2017年度も「東京の支払額は2GB、5GBでは中位の水準(諸外国並みの価格)、20GBでは高い水準(諸外国より高い価格)」と結論づけている。グラフを見る限り、20GBではニューヨーク並みに高いが、多くのユーザが利用する5GBや2GBではさほど高いとは言えず、菅氏が言うように日本の携帯料金が海外に比べて割高という印象は受けない。

 すると、「電気通信サービスに係る内外価格差調査」をウォッチしている調査会社(MCA)が、総務省の調査報告には、料金を安く見せるためのカラクリがあることを突き止めた。調査報告にある東京の価格は、NTTドコモやKDDI、ソフトバンクのような大手事業者の料金ではなく、ソフトバンクグループの格安携帯会社ワイモバイル(Y!mobile)の料金が採用されているというのだ。

 格安事業者は10%程度のシェアしかなく、大部分の携帯ユーザは大手3社を利用しているので、この分析が本当なら、総務省は日本の携帯料金を意図的に低く見せていたということになる。この調査会社が作成した「シェアが最も高い事業者のプラン」で比較した結果が【図表2】である。

 グラフではデータ容量の多寡にかかわらず、東京の相対的な割高感が際立っている。中でも多くの一般ユーザが利用する5GBモデルでは、東京の価格を5割以上も引き下げて、ようやく諸外国並みの水準になるという状況だ。

 また、東京の価格は「通話5分以内無制限」プランが採用される一方、比較されている諸外国の多くは「通話・SMS無制限」プランが採用されており、日本のプランに比べて利用者のメリットが断然大きい。

 さらに2018年10月、SankeiBizが報じた記事で、日本の携帯料金高止まりの実態が明らかになった。

【図表3】を見ていただきたい。グラフで示された2017年の世界主要都市の5GBの携帯(スマホ)料金は、MCAが示した内容と整合している。また、2014年に東京よりはるかにスマホ料金が高かったニューヨークやデュッセルドルフが、3年間で6~7割も値下げしていることがわかる。他の都市もすべて大幅な値下げが行われており、唯一、東京のスマホ料金のみが高止まりしているのだ。

 後追いながらも、菅氏が言うとおり、日本の携帯ユーザが海外のユーザと比べて何割も高い携帯料金を支払わされ、大変な損をさせられている実態がようやく明らかになったわけだ。

 こうしたことが、総務省内で大きな混乱を巻き起こしたことは想像に難くない。ただ、ここで指摘しておきたいのは、菅氏の問題提起を受けて総務省が自ら、日本の携帯料金の真実を明らかにしたことだ。他の省庁であれば、上司に隠蔽を迫られたり、自殺する担当者が出ていたかもしれないほど深刻な問題だ。省内を指揮した幹部の力なしには、こうした事実があえて明らかにされることはなかっただろう。

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 携帯電話会社が「高くない」と言うのはともかくなぜ監督官庁までもがそれに乗るのか。その背景にはお定まりの規制に基づく寡占、官僚の天下り、官民の癒着といった構図がある、と山田氏は同書で指摘している。それこそが通信業界の「不都合な真実」だ、と。

 携帯電話値下げはすでにこの内閣の優先課題として注目を集めている。果たしてトップとなった菅氏は昔ながらの構図を破壊することができるだろうか。

デイリー新潮編集部

2020年9月24日掲載

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