「神の手」旧石器捏造事件から20年 今だから話せる“世紀の大スクープ”舞台裏

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すべてを失ったF氏は

 番組では「お前なんかクビだ」と怒ったと振り返っていた山田氏は笑って語る。

「一回目はレンタルのビデオカメラを借りたのですが高橋記者の練習不足。でも失敗したことより、高橋記者にちょっと遊び気分で出張していたようなところがあったから、それ見たことか、と僕の怒りが爆発したんですよ」。

 社内ではぼんやり映っていた他のカメラマンの望遠写真で「何とか記事にできないか」と言われたがそれでは弱い。その年の道内での発表は総進不動坂が最後。取材継続するとなると本州へ取材チームを派遣することになる。

「失敗した時点で100万円くらい使っていた。また金かけて出張させて撮影できなかったらどうするか心配でした。それを通してくれた真田部長のおかげです」と山田氏は強調する。

 取材継続に向けて20万円以上する機種を購入、記者たちは「今度こそ」としっかり練習した。そして10月22日、今度は宮城県の上高森遺跡。午前6時20分。あたりを警戒しながらF氏が現れ土を掘り持ってきた石器数点を埋めた決定的場面の動画撮影に成功した。

 F氏にぶつける役は山田キャップが担当した。しばらくよもやま話をした後、おもむろに「ちょっとこれを見ていただけませんか」とビデオ画像を見せた。F氏は愕然とうつむき呻くように「皆々ではない」といった。全部が捏造ではないとしながら上高森と総進不動坂の二か所の捏造を認めた。しかしその後、彼が関わってきた遺跡の石器はすべて捏造だったことが判明した。脚光を浴びた上高森遺跡や座散乱木遺跡などは文科省の旧石器遺跡の指定を外され、今は跡形もない。
 
 考古学会では長く「遺跡からの発掘物は出てきた地層の時代のもの」という固定観念が支配した。これがF氏に逆手に取られた。それだけに早くからF氏の発見に疑問を持っていた考古学者・竹岡俊樹氏による番組での「江戸時代の地層から携帯電話が出るようなもの」という言葉は面白かった。

「アナザーストーリーズ」では毎日新聞の仙台支局から発掘現場に熱心に通い「大発見報道」を続けてしまった内藤陽記者が「私は嘘を書いてきた。これは一生背負っていかなくてはならない」と悔いる様子が印象的だった。山田氏は「彼は本当に正直ないい男でしたよ」と振り返るが、大発見報道は内藤記者に限らず全マスコミがやっていたのだ。

 F氏が立ち会う発掘現場では必ずと言っていいほど「大発見」があった。それを記者たちは不自然だとは思わなかったのか。考古学の権威がこぞって「F氏なら間違いない」と太鼓判を押し、報道陣はそれを信じ込んだ。日本人はかくも権威に弱い。
 
 仮に筆者がF氏なら多少「空振り」を織り交ぜ、「本日はお集まりいただきましたが駄目でした」くらいの芝居も打っただろう。毎度、毎度の「大当たり」はどうみても不自然だが、それが通ってしまっていたのだ。

 すべてを失ったF氏はその後、自ら右手の指を切り落とした。「神の手」の指だ。

 退院した頃に会いに行った山田氏は「右手を木の切り株において左手に持った斧を打ち下ろしたそうです。右手は親指だけ残っていた感じでした。F氏は『自分は多重人格障害だと主治医に言われた』などと盛んに言ってましたが、右手だけが別の人格を持っていたと言いたかったのでしょう。F氏もいつかはばれると思っていたかもしれない。ばれた時は『今回だけ魔が差した』ということにしようとあらかじめ思っていたような気がします」と振り返る。

 F氏はその後、公務員だった妻と離婚し、別の女性と再婚、現在はその女性の姓に変えてひっそりと暮らしているという。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年9月21日掲載

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