「安倍総理」は本当に「保守」だったのか 働き方改革や幼保無償化を実現(古市憲寿)

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 安倍首相の辞任が報じられた日、ある野党議員がテレビのインタビューを受けていた。おそらく記者からの質問の中で辞任を知ったのだろう。その時の狼狽した顔が忘れられない。批判対象としてきた政権が終わるというのに、茫然自失といった表情を浮かべていた。

 あるテレビ番組での共演者も、繰り返し「残念」とつぶやいていた。本気で落ち込んでいるようにも見えた。その人も、政権に対して批判的だったはずなのに。

 そんな様子を眺めながら、僕は小学校の頃を思い出していた。散々、担任の先生の悪口を言いながら、いざその先生が辞めることが決まると急に焦り始める生徒たち。実は彼らこそ「学級」や「先生」に一番期待をしていたのだ。「いざとなれば先生が何とかしてくれる」と思っていたのかも知れない。

 後世の歴史家は安倍政権の評価に悩むことになるだろう。かつて安倍晋三は「ヒトラー」や「独裁者」に喩えられたこともあった。戦争をしたがる「ウルトラ国家主義者」という評価さえあった。

 しかし事実上の「有事」とも言える新型コロナウイルスの流行に対して、政権は穏健な態度を貫いた。

 むしろ「ウルトラ国家主義」を求める声は「リベラル」を自称する人々の中でこそ高まっていた。たとえば主要野党は罰則付きの外出制限・休業指示を可能とする法整備を求めていた。

 こうした声に対して首相は「私権の大きな制約を伴うことになりますので、慎重に考える必要がある」と答弁している。そもそも緊急事態宣言の発出にさえ、政権は決して積極的ではなかった。少しも「ヒトラー」らしくない。

 また、働き方改革や幼保無償化に代表されるように、旧来の自民党では難しかった制度改革も進んだ。その意味で、安倍政権は旧民主党が求めてきた政策をいくつも実現させたとも言える。とりわけ人気のない集団的自衛権や消費増税に関しても、旧民主党政権時代の流れを汲むものでもある。

 首相個人のイデオロギーというよりも、長期政権は中道的な性格を帯びるものなのだろう。元々の応援団だけではなく、新規の支持者を獲得する必要があるからだ。

 その意味で、選択的夫婦別姓や同性婚まで議論が進まなかったのは残念だった。逆説的だが、ある程度「保守的」と思われている政権のほうが、「リベラル」な政策は実現させやすい。保守政党の長期政権だからこそ実現できたことは、まだまだあったように思う。

 こんな想像をしてみる。もしもすでに安倍政権が倒れていて、より脆弱な政権でコロナ禍を迎えていたらどうなっていただろう、と。世論の声に押されるままに、罰則付きの外出制限などの法律をどんどん成立させ、新首相本人はウキウキと「強いリーダー」を演じていたのではないか。それこそ「独裁」や「ウルトラ国家主義」の幕開けである。20世紀を振り返る限り、ファシズムの熱狂は民衆から巻き起こっている。国家に過剰な期待をすべきではない。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

週刊新潮 2020年9月17日号掲載

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