そろそろ「無条件降伏」という間違いを正さねばならない (有馬哲夫早稲田大学教授・特別寄稿)

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「無条件降伏」という誤解

 2回にわたって「証言と映像でつづる原爆投下・全記録」(NHK)の問題点を指摘してきた。今回は、「日本は無条件降伏した」という典型的な間違いを正しておこう。

 この番組の終盤でも、原爆投下により「日本は無条件降伏した」というナレーションが入る。このフレーズは戦争を扱った番組ではお馴染みである。

 が、実際には間違いである。

 日本はポツダム宣言を受諾して降伏をした。しかしそこにはきちんと降伏条件が示されているのだ。つまり「無条件降伏」ではないのは明らかなのである。

 ではなぜ無条件降伏という誤解が蔓延しているのか。以下、事実関係を説明しよう。

 ポツダム宣言は、もともとアメリカ国務次官のジョセフ・グルーが腹心のユージン・ドゥーマン極東課長に作成を命じたものである。

 目的は日本に降伏条件を示すことで、早期に終戦を達成すること、つまり、最初から降伏条件の提示として作成されたものだ。

 事実、ポツダム宣言第5条は次のようになっている。

「我々の条件は以下の通り。条件からの逸脱はないものとする。代替条件はない。遅延も一切認めない」

 以下、第13条まで降伏条件が挙げられている。日本はこの条件を受け入れて降伏した。

 したがって、無条件ではなく、条件付で降伏したのだ。

 ただし、第13条にはこうある。

「我々は“日本政府”に対し“日本軍”の無条件降伏の宣言を要求する」

 つまり、無条件降伏したのは日本軍であって、日本政府でも日本国民でもない。

 これは重要なことである。というのも、軍隊が無条件降伏するのは常識であって、特別なことではない。作戦地域、部隊、階級によって降伏条件を変えたり、また、そのような交渉に応じたりすることはできないからだ。無条件降伏したのが日本政府および日本国民なのか、日本軍なのかの違いは大きい。

 当時の東郷茂徳外務大臣もポツダム宣言を読んでの第一印象は、「無条件降伏ではないことは明瞭だ」と感じた、とのちに述べている。そのうえで宮中に参内し、天皇にこの宣言を受諾するよう内奏している。だが、陸軍の圧力に屈した首相鈴木貫太郎は、トルーマンの予想通り、「黙殺」発言をしてしまう。天皇はこのあと、ポツダム宣言に加える条件を「国体護持」だけに絞るため東郷、木戸幸一内大臣たちとともに苦闘する。

「日本は条件付きのつもりであっても、アメリカはそう考えていなかったのではないか」と思う方もいるかもしれないので、もう少し細かい経緯も見ておこう。

 日本が8月10日に出したポツダム宣言受諾電報には「右宣言は天皇の国家統治の大権を変更する要求を含まないという了解のもとにこれを受諾する」とあった。

 つまり「国体変更の要求は含まないという条件つきで受諾する」という意味である。

 これに対して国務長官ジェームズ・バーンズは「天皇の国家統治の大権は占領とともに連合国軍総司令官の下に置かれる」と回答した。日本はこれに、要約すると「天皇は国家統治の大権のもと連合国軍総司令官の占領に協力する」という趣旨の回答している。

 つまり、バーンズ回答を遠回しに拒否し、国体護持を最後まで譲らなかった。これはスイス連邦公文書館所蔵の公文書からわかる。

 これに対しアメリカは、これ以上詰めようとすると交渉が決裂するのを恐れ、一方的に「日本がポツダム宣言を無条件で受諾したものとみなす」と通告し、そのようにプレスリリースしてしまった。

 ややこしいのだが「(降伏条件を定めた)ポツダム宣言を無条件で受諾した」ということである。なぜハリー・S・トルーマン大統領がここまで無条件降伏に固執するのかといえば、議会に「フランクリン・ルーズヴェルト大統領の政策(無条件降伏原則を含む)をそのまま引き継ぐ」と誓ったからであり、また、日本人がそう思ってくれたほうが、占領政策がうまくいくと考えたからだ。だからこそ彼らはウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)で、「日本は無条件降伏をした」と広めたわけである。

 一方、天皇は「国体護持」が受け入れられたと判断し、玉音放送でも「朕はここに国体を護持し得て……」と述べている。その条件が通ったということである。この放送にGHQは何ら抗議をしていない。また、繰り返すが、ポツダム宣言そのものに「我々の条件は以下の通り」という前置きが書かれたうえで「条件」が明記されている。

 NHKに代表される「無条件降伏をした」というフレーズを無邪気に使うメディアはこの点をよく考えてほしい。

国体護持の意味

 このような経緯もあったからこそ、占領軍は、アメリカ上院が「天皇を裁判にかけよ」と決議したにもかかわらず、天皇をそのまま在位させ、皇室も廃止しなかった。天皇と皇室を国民が依然として心の拠り所としているのを見たからだ。連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーの幕僚ボナー・フェラーズ准将も「天皇は依然として日本の宗教的信仰の生きた象徴である。したがって、彼の国民に対する支配力があれば彼らの広範な反応を十分抑えることができるだろう」と言っている。

 NHKの番組は、天皇、重臣、軍部らが無駄に終戦を遅らせたような印象を与えるものになっていると筆者は感じた。しかし、ここまでに見たようにこれは間違っている。「国体護持」という条件をアメリカに飲ませるために必要な時間をかけたのだ。

 これは現代の目からすれば、天皇のエゴイズムのように映るかもしれない。「国体なんてどうでもよいではないか。大事なのは国民の命だ」と。

 だが、当時のイデオロギーでは、国体とは天皇、国家、国民のあり方をも意味していた。「国体護持」とは天皇と皇室を守ることだけを意味するのではなく、国と国民のあり方をも守ることも含んでいた。当時の元首の判断として「国体護持」の保証を求めることは不合理なものではなかった。

 そして、この保証自体はアメリカにとっても本来、何らデメリットのないものであった。それさえ保証すればソフトランディングが可能ならば、そうすればいいだけのことである。

 また、日本人にとっては無条件降伏を文字通り受け入れてしまった場合、国民の安全が保障されるというわけではなかった。この点は「敗戦を機に平和国家となり復興を遂げる」という過程をすでに経験した我々と、「鬼畜米英が何をしてくるかわからない」というおそれを抱いていた当時の人との意識には大きな差があることを忘れてはならない。

 というのも、そもそも無条件降伏というのは、日本人にはすっかりお馴染みかもしれないが、当時は耳慣れぬ言葉だった。これはルーズヴェルト大統領が1943年のカサブランカ会談で突如として言い出した言葉なのだが、そんなことを相手国に強いると、結局は徹底抗戦を招くため、戦争を長引かせ、戦争犠牲者を増やすとして国務長官や政府高官、軍部も猛反対したほどである。イギリスもソ連も、それが何を意味するのかわからなかったという。

 そもそも当時の戦争に関する国際的な取り決めであるハーグ陸戦法規に「無条件降伏」の規定はない。近代戦においては、負けた国は無条件でなんでも受け入れるということはありえず、降伏するのに条件がないということは考えられない。

 それにもかかわらず、ルーズヴェルト大統領が無条件降伏を主張したのは、人気取りのためとしかいいようがない。

 そして戦争を無駄に長引かせたのは、意味もなく無条件降伏にこだわったアメリカのほうだったと見るほうが自然だろう。

 これに対して日本が無条件降伏を受け入れず、有条件になるまで交渉しつづけたのは当然だった。無条件降伏ならば、国民が皆殺しになっても、国土がすべて奪われても抵抗できないことになるが、どんな国であれ、そんなことを受け入れられるものではない。

 NHKの番組のスタッフに代表される現代の日本人は、「無条件降伏」しても、終戦後占領軍から実際受けたのと同じ扱いを受けられると根拠もなく考えている。

 だからこそ「なぜもっと早く降伏しなかったのか」と安易に非難する。しかし、本当に「無条件降伏」していたら本当に万事うまくいったかははなはだ疑問である。

 本当の無条件降伏を受け入れていたら、国民の皆殺しにまでは至らなくても、天皇が軍事裁判にかけられた可能性は十分ある。

「それでいいじゃないか」というのもまた当時の状況を知らない者の無責任な考えではないか。

 天皇を裁くという事態になった時に、果たして国民が納得しただろうか。たしかに厭戦気分も蔓延していただろうから、「仕方ない」と思った人もいただろう。喝采を送るものもいたかもしれない。

 しかしおそらく確実に一部の国民からは占領軍への反発が強まったのは間違いない。それによって、国内で占領軍へのゲリラ攻撃をする勢力が現れたかもしれない。流血の大惨事が多発し、占領が失敗に終わっていた可能性も否定できない。それこそアメリカ兵の命が無駄に失われていたかもしれない。アメリカ側もこうしたことをシミュレーションしたからこそ、天皇を極東国際軍事裁判にかけるという選択肢を取らなかったのである。これは日米双方にとって賢明な判断だったといえるだろう。

 日本側からみて、終戦にたどりつく過程は、無条件降伏を要求するアメリカに有条件降伏、とりわけ「国体護持」を飲ませる過程だったといっていい。そして、これこそが、歴史資料で裏付けられる「終戦の真実」だった。

 番組スタッフは、「原爆を投下しなければ日本は無条件降伏しなかった。だから、原爆投下は正当である」というアメリカ側のプロパガンダのために、「国体護持」を含む有条件降伏を勝ち取る過程についてまったく触れていない。それどころか、無条件降伏ではなかったことを隠蔽するためか、日米どちらの側であれ、終戦交渉や交渉過程にすらまったく触れていない。 

 終戦後、占領軍は「日本は無条件降伏した」というプロパガンダも日本人に極東国際軍事裁判を受け入れさせる素地を作るために必要だとして流した。これもWGIPの一環である。

 これは明らかに、無条件降伏するのはあくまでも日本軍だとしたポツダム宣言第13条に反している。にもかかわらず、占領軍は統制下においたNHKや新聞各紙を通じて「無条件降伏プロパガンダ」を強行した。

 占領終結から60年以上たったが、これまで見てきたように、NHKはこの番組でも占領期とおなじプロパガンダを流している。そのために歴史を偽っている。

 いつになったらNHKは、「原爆による惨劇は日本の軍国主義者にすべての責任がある」、「原爆投下によって日本は無条件降伏に追い込まれた、だから正当である」というWGIPプロパガンダを広めることをやめるのだろうか。

 これは朝日新聞の「従軍慰安婦」以上の誤報である。

 いつになったらメディアは誤報だということを認識して、訂正するのだろうか。

有馬哲夫(ありま・てつお) 1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学社会科学総合学術院教授(公文書研究)。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『日本人はなぜ自虐的になったのか』『原爆 私たちは何も知らなかった』など。

デイリー新潮編集部

2020年9月15日掲載

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