6千万人目に届く活動を作り上げる――湯浅 誠(全国こども食堂支援センター むすびえ理事長)【佐藤優の頂上対決】

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 かつての「年越し派遣村」村長は、いま子どもの貧困対策に取り組んでいる。全国に4千ある「こども食堂」の支援だ。無料か安価で食事ができるその場所は、年間160万人が訪れ、大人も利用可能だから貧困問題全般への突破口にもなっている。爆発的に広がるこの活動の将来のビジョン。

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佐藤 湯浅さんとは長いお付き合いになりますが、初めてお目にかかったのは、年越し派遣村の村長を務められた少し後でしたね。

湯浅 そうです。内閣府参与になる前でしたから、2009年くらいでしょうか。

佐藤 ジャーナリストの魚住昭さんやノンフィクション作家の宮崎学さんたちとしている勉強会に来ていただいた。

湯浅 その後にご自宅にお招きいただいたこともありました。本日はそのご自宅からですか。

佐藤 はい、そうです。あの頃、湯浅さんの活動を見ていて、少し生き急いでいるという印象を何度か持ったことがありました。

湯浅 確かにあの時期はものごとがどんどん進んでいって、いまから考えると大きな転機でしたね。

佐藤 湯浅さんを取り巻く状況が大きく変わった。

湯浅 1990年代の半ばからずっと貧困問題に関わり、ホームレス支援を行ってきましたが、当時は行政に訴えてもまず相手にしてもらえませんでした。活動していた渋谷区にしても東京都にしても、あるいは国にしても、何を投げかけてもまったく回答が返ってこない。ですから、行政や政治に対して批判的なスタンスをとっていましたが、2000年代後半から社会の雰囲気が変わってきた。

佐藤 年越し派遣村は2008年でした。

湯浅 2007年夏の参議院選挙で自民党が大敗して民主党が第1党となってねじれ国会となり、直後に第1次安倍内閣が退陣した。そんな中で私たちの活動が注目されるようになり、メディアにも呼ばれ、理解者がぐんと増えていきました。

佐藤 当時は反貧困ネットワークの事務局長でしたね。

湯浅 その立場でさまざまなところで取り上げられ、「お前の言っていることは正しい」と100万人くらいの人が言っている実感がありました。支援活動はいつも2、3人から始めますから、100万人というのはありえない数字です。

佐藤 年越し派遣村の時に鈴木宗男さんから電話が掛かってきて、俺も行ってみたいけれど問題ないか、と聞かれました。

湯浅 鈴木さん、実際にいらっしゃいましたね。

佐藤 鈴木さんのような叩き上げで自助努力型の人が、日比谷公園の状況を見て、これは構造の問題だ、保守とか革新とか関わりなしに対策を講じないといけないと話していました。湯浅さんについても、リーダーシップがある、新しいタイプの指導者かもしれないと評価していたのが強く記憶に残っています。

湯浅 ありがたいお話です。その経験があって、政権交代の後に菅直人副総理から内閣府参与になる機会を与えられました。

佐藤 社会活動家として政権の内部に入っていくというのは、それまでにないやり方です。

湯浅 緊急雇用対策本部の貧困・困窮者支援チームに入りました。でも実際に政策を作ろうとしてみると、先ほどの100万人という数はとても小さいんですね。多くの人が私たちの活動に賛同してくれていると思っていましたが、100万人は人口の1%にも満たない。政策は残りの99%の人がそれなりに認めてくれないと作れないことがわかりました。

佐藤 政治家だって選挙を経ていますから、当然、支持している人がいて、民意を反映しているわけです。

湯浅 その通りです。しかも100万人は、考え方において私に近い人からの100万人なんですね。

佐藤 その100万人の中なら、見ているところは同じだし、話も合います。自分が生きていくマーケットとしても十分です。だからそこに留まって生きるという誘惑も強い。でも湯浅さんはそこから抜け出された。

湯浅 参与は一度辞めた後、再任用されたので、合わせて2年強やりましたが、そこでいままでのやり方では難しいことがはっきりわかった。私がやっているような社会活動は、最初は誰からも相手にされません。だから注目を集めるために、初めはある程度エッジを利かせる必要があります。“尖った”活動をすると、みんな「おっ」と思ってくれる。でもその後にある程度影響力を持つと、テーブルがセットされるようになります。そこでは政治家や役人と同じテーブルに着いて、交渉して、調整して、決定に落とし込むという作業をしなければなりません。

佐藤 行政から見たら、湯浅さんが入ってくることに、最初は当惑したと思います。でも実際に会ってみたら話ができる。まずは何か裏があるんじゃないかと疑ったとは思いますが、この人は目の前にある問題を本当に解決したいんだとある時点で気がつく。するとケミストリー(化学変化)が起きて、人間としての言葉でやりとりできるようになってくる。そのプロセスを作ったことが湯浅さんの凄さですよ。

湯浅 ただそれまでのフォロワーの中からは、裏切り者と言われたこともありました。

佐藤 社会活動を一所懸命にやっている人は、やはり自分なりの強固な信念やイデオロギーを持っています。行政と一定の協力関係を持つことに、忌避反応が出てくるのは当然です。

湯浅 そうですね。ここは社会運動の永遠の課題だと思っています。エッジを利かせて社会的なアクターになるフェーズ1と、交渉や調整をしながら問題解決に向かっていくフェーズ2をどう接合させるか。そこは百戦錬磨の佐藤さんにお教えいただきたいところです。

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