安倍政権「半島外交」完全総括【新政権編】「日韓」解決策あり「日朝」期待薄

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 自民党総裁選は菅義偉官房長官、岸田文雄自民党政調会長、石破茂元自民党幹事長が立候補したが、党内5派閥が菅官房長官を支持し、国会議員の7割以上が菅官房長官になびいている。

 さらに正式の党員投票をせず、両院議員総会と各都道府県3票の割り当てによる投票を実施することが決まり、事実上、菅官房長官の当選が確実視されている。

 結果は本日(14日)、両院議員総会での投票で明らかになる。

出馬会見で日韓に言及せず

 この選挙は、安倍晋三政権7年8カ月の功罪を整理し、特にその「負の遺産」をどのように克服するかを論じるべきだったが、そういう雰囲気はついぞなかった。

 菅氏は安倍政権の「継承」だけを訴え、岸田氏などは、余力を残したまま辞任表明をした安倍首相を気遣うように、靴の上から掻くような言い方で独自色を出そうとするのが精一杯だ。石破氏だけがやや独自色を出していた。

 安倍政権を継承すると言い切った「菅政権」は、その負の遺産を抱えて同じ路線を歩むことになる。果たして独自色を出せるのだろうか。

 菅氏は9月2日の総裁選出馬表明の会見で、日韓関係については一言も言及しなかった。辞任表明の会見で日韓関係に一言も触れなかった安倍首相と同じだ。

 官房長官という職責は政府スポークスマンであり、内閣の口であり、顔である。安倍政権の判断は菅氏の口を通じて出るために、安倍首相と一身同体ともいえる。

 菅氏は『産経新聞』とのインタビューで、

「日韓請求権協定が日韓関係の基本だ。そこは、きちんとこだわっていくのが当然だ」

 と語り、元徴用工問題での韓国大法院(最高裁)判決が国際法違法である、という姿勢を堅持している。

 元徴用工問題で差し押さえられた日本企業の資産の現金化が、年末か来年初めに行われる可能性が高い。現金化が行われれば、日本側が対抗措置を取り、韓国側もまたこれに対抗措置を取るという泥仕合になり、日韓関係はさらに悪化することは確実だ。

 総選挙が「9月解散、10月投票」になるのか、来年になるのか不明だが、新首相にとってすぐさま直面する課題だ。

反対押し切った文大統領

 韓国の青瓦台(大統領府)報道官は8月28日、安倍首相が辞意を表明したことに対して、

「日本の憲政史上最長の総理として様々な意味のある成果を残し、特に長い間、両国関係発展のために多くの役割を果たしてきた安倍総理の急な辞任表明を残念に思う」

「安倍総理の早い快癒を願う」

 と表明した。その上で、

「韓国政府は新たに選出される日本の総理と新たな内閣とも、韓日間の友好協力関係増進のために引き続き協力していく」

 とした。

 この間、厳しく対立してきた日韓関係を考えれば、かなり日本側に配慮した談話内容だった。

 韓国紙『中央日報』は9月4日、当初、青瓦台の参謀たちは青瓦台として別段の立場表明はせず、外務省を通じてのみ談話を出す方針だったが、文在寅(ムン・ジェイン)大統領がこれに反対し、青瓦台としてのコメントを出すように決定した、と報じた。

 青瓦台関係者は『中央日報』に対し、

「参謀たちとは異なり、文在寅大統領は韓日関係の早急な回復のためにはむしろ青瓦台が直接立場を表明すべきだと考えていたようだ」

 と述べたと報じた。

 韓国政府は意図的に好意的なコメントを出したのに、日本政府の側からも、日本のメディア側からも反応がないので、あえて『中央日報』にこうした発言をし、日本側に関心喚起を訴えたといえる。

 つまり現時点で文大統領は、明確に次期政権との関係改善を求めているということだ。

 日本では、文大統領に「親北反日」というレッテルを貼りがちだ。しかし、「反日」というよりは、北朝鮮との関係改善を優先するあまり、日本のことを真剣に考える姿勢がなかったというのが実情だと思う。文大統領のこの1年の演説を見てみる必要がある。

「日本と共に」「共同の努力」

 文大統領は、昨年8月15日の光復節の演説では、元徴用工問題や従軍慰安婦問題には直接言及せず、

「日本の不当な輸出規制に立ち向かう」

 としながら、

「日本が対話と協力の道へ向かうなら、われわれは喜んで手を結ぶ」

 とした。さらに、

「東アジアの平和と繁栄を共に牽引していくことを望む」

 としたが、この「共に」という点が重要である。

 今年1月7日の「新年の辞」では、日本の輸出規制強化の撤回をあらためて要請しながらも、

「日本は最も近い隣国だ。両国間の協力関係を一層、未来志向的に進化させていく」

 と日韓関係の改善を求めた。

 続けて1月14日の新年の会見では、元徴用工問題について、

「最も重要なことは被害者の同意を得ることだ」

 としながら、

「韓国側は既に解決策を提示しているが、日本側も修正意見を出し、(両国で)知恵を絞れば十分に解決の余地がある」

 とした。

 また、3月1日の3・1独立運動の記念式典での演説では、

「日本は常に最も近い隣国だ」

 として、新型コロナウイルスの感染拡大を念頭に、

「共に危機を克服し未来志向の協力関係へ努力しよう」

 と呼びかけた。

 さらに8月15日の光復節での演説では、大法院判決を尊重するとしながら、

「被害者が同意できる円満な解決策について日本政府と協議してきており、協議の門戸は今も大きく開かれている。わが政府は、いつでも日本政府と向かい合う準備ができている」

 と、日韓の協議を呼びかけた。加えて、

「三権分立に基づいた民主主義、人類の普遍の価値と国際法の原則を守っていくために、日本と共に努力していく」

「一個人の人権を尊重する日本と韓国、その共同の努力が両国国民間の友好と未来協力の架け橋になると信じている」

 とした。「日本と共に」「共同の努力」という点に注目したい。

 ここ1年間の文大統領の重要演説の内容を見ると、輸出規制の解除や、被害者が同意できることなどの条件を付けながらも、日韓両政府間で協議すれば「円満な解決」ができる、という強い意志を読み取ることは可能だ。

 しかし、日本政府はこれをすべて無視してきた。自民党には「韓国には丁寧な無視が一番」と公言する有力政治家もいるが、それで日韓の懸案問題は解決するのだろうか。

「無関心」が状況を悪化

 文大統領の自叙伝『運命』(岩波書店、2018年)には、日本のことがまったく出てこない。元徴用工問題では、2012年の大法院判決から2018年10月の大法院判決が出ることは予測できたのに何の準備もせず、判決が出ても「司法の判断を尊重」を理由に放置した。

 2018年10月の大法院判決直後は、知日派の李洛淵(イ・ナギョン)首相(当時)を中心に対応を協議するとした。

 しかし、文大統領は2019年1月の年頭記者会見で、当初の予定になかった日本記者からの質問に、

「三権分立の原則に基づき、韓国政府は司法判断を尊重しなければならない」

「徴用工訴訟の対応策は、訴訟の遅延工作が図られたとする事件の捜査状況を見守ってから判断すべきだ」

 と発言してしまった。

 さらに、学界などが最も有力な方法と考えていた財団による解決策について、青瓦台の金宜謙(キム・ウィギョム)報道官(当時)が「非常識」と切り捨てた。李洛淵首相らは身動きがとれなくなってしまった。

 文政権には李洛淵「共に民主党」代表を除き、知日派がいない。特に青瓦台で、対日関係が悪化すればそれは自分の責任だという自覚のある人材がいない。

 文大統領自身が反日ということではないが、身近に知日派が不在であること、南北関係や米韓関係を優先させ、日韓問題の懸案解決はずっと先送りされてしまった。「無関心」が生み出した結果だった。

「円満な解決策」というボール

 文大統領が何か譲歩案を持っているのでは、という印象を受けることがある。それが今年の光復節演説の「円満な解決策」という言葉に表れていたように思う。

 同時に大法院判決を尊重するといっているから、差し押さえた資産を現金化すること自体は避けられない。

 筆者は拙稿『日韓「対抗措置」より「現金化」阻止で協議すべし』(2020年8月18日)で、

(1)韓国政府が資産を購入

(2)年金財団のような韓国政府の意向を反映する機関が購入

(3)日韓条約で利益を得た「ポスコ」のような企業が購入

(4)韓国政府とポスコなどが2014年につくった「日帝強制動員被害者支援財団」が購入

 といった方策で、差し押さえ資産を日本企業に返還することを提案した。

 これは緊急避難的な措置で、いわば「立て替え払い」だ。この方法で大法院判決は一応履行され、司法の独立性は維持される。

 ただし、日本企業の責任を問うた大法院判決の意思には反することになるので、日韓両政府が協議をし、日韓の企業や市民が協力して元徴用工支援の財団をつくることはどうかと考える。被告となった企業も、いつまでも元徴用工の人たちとの対立を引きずるのではなく、「和解」の道を選択することに意味があるのではないだろうか。

 文大統領が投げかけた「円満な解決策」が何かはまだ分からない。しかし、菅「首相」が実務家であるなら、これが何であれ協議することは可能ではないだろうか。

 最後のチャンスは、年内に予定されているソウルでの日中韓首脳会談だ。

 新型コロナウイルス問題もあり、開催そのものはまだ見通せないが、ここで日本の新首相と文大統領の間で、元徴用工問題での妥協が成立しなければ、日韓関係はさらに対立に向かうだろう。そのためにも早期の日韓の実務協議が必要だ。

 日本政府は少なくとも文在寅大統領のいう「円満な解決策」が何なのかを把握すべきだ。

内政に手一杯の金正恩政権

 一方の北朝鮮との関係はどうだろうか。

 北朝鮮は現在、経済制裁、新型コロナ、水害の3重苦に苦しんでいる。8月の集中豪雨が穀倉地帯の黄海道を襲い、その後、台風8号、9号、10号も連続して北朝鮮に被害を与えた。

 金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は8月7日に集中豪雨の被害を受けた黄海北道銀波郡を、8月27日には台風8号の被害を受けた黄海南道を、9月6日の報道では台風9号の被害を受けた咸鏡南道を訪問し、現地で党政務局拡大会議を開いた。

 さらには平壌の全党員へ公開書簡を送り、1万2000人の党員が咸鏡北道と咸鏡南道で復旧作業に当たることを訴えた。『朝鮮中央通信』によれば、この訴えを受け、9月6日だけで30万人以上が復旧作業への参加を志願したという。

 朝鮮労働党は8月19日に党中央委員会第7期第6回総会を開き、「国家経済発展5カ年戦略」が失敗に終わったことを認め、2021年1月に第8回党大会を開催することを決めた。北朝鮮は10月10日の党創建75周年までに水害の復旧を終わらせ、新たな経済計画を決定して来年1月に第8回党大会を開催することで手一杯だ。

 北朝鮮は、11月の米大統領選挙の結果を見た上で外交政策を決める姿勢だ。来年1月の党大会での金党委員長の事業総括報告で新たな対米政策を含めた外交路線が提示されるとみられる。ジョー・バイデン前副大統領が当選すれば、北朝鮮はバイデン政権との交渉力を上げるため、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などの発射を試みる可能性がある。

安倍政権「居抜き」では変化なし

 日朝関係も当分の間は動かないとみられる。

 出馬会見で菅氏は、

「拉致問題の解決は、ありとあらゆるものを駆使してやるべきであるという考え方」

「拉致問題解決のためには、金正恩朝鮮労働党委員長とも条件をつけずに会って、活路を切り開いていきたい。そうした気持ちも同じであります」

 と述べたが、ここでも安倍首相の言葉とまったく一致している。

 だが、菅氏は拉致担当相も兼務しているのだが、これまで拉致問題の集会参加や被害者家族との面会を行っているものの、拉致問題にそれほど熱心だったとは思えない。

 北朝鮮は、菅政権が安倍路線を踏襲、継承するなら「菅政権相手にせず」の姿勢になるだろう。政権が変われば日朝関係も変わるという期待は、政権が変われば政策も変わることを前提にしたものだ。安倍政権の「居抜き」では、日朝関係に変化は生まれないだろう。

 一方、石破元幹事長は、

「前回の総裁選挙でも申し上げた。東京と平壌に連絡事務所を開設する。それは政府として公式に責任を持った立場で拉致問題をどのように解決するかということで対応していかねばならないからであります」

 と語り、独自色を出したが、やはり石破氏が総裁選に勝利するのは難しい情勢だ。

バイデン当選なら「日米韓」連携強化要求か?

 日本の「嫌韓勢力」が大嫌いな文在寅政権の任期は、あと1年半だ。

 韓国大統領選の結果を1年半前に予測するのは難しいが、与党勢力の候補は李洛淵「共に民主党」代表と李在明(イ・ジェミョン)京畿道知事が激しく競り合っている。

 野党「未来統合党」は党名を「国民の力」に変えたが、大統領選挙を担う候補者が不在だ。政党支持率は上昇傾向にあるが、求心力のある人材がいない。

 もし、李洛淵代表が次期大統領になれば、日韓関係は少しは良くなるのではないかと思うが、歴史問題の解決は容易ではない。それは誰が大統領になっても同じだ。

 李在明知事が当選すれば、日韓関係はさらに困難になるだろう。李在明知事は反日というよりは、ポピュリストだ。国内世論にうけるとなれば、対日強硬姿勢を取る。野党は候補者が見えないので何ともいえない。

 いつものことながら、日本の内政の変化は「外圧」によるものだろう。

 ドナルド・トランプ大統領が再選されれば、日本は再び北朝鮮政策で振り回され、日韓関係には大きな影響はないだろう。

 バイデン氏が当選すれば、同盟関係の強化に動くだろう。米国は、対中政策、対北朝鮮政策を考え、「日米韓」連携強化を求めるだろう。米民主党の伝統的な外交政策からすれば、日韓が互いに対立しては困る。これと李洛淵大統領実現がうまく絡めば、日韓関係には少しは良い影響を与えるだろう。

 ただし、安倍政権下で大きく拡大した日本の嫌韓世論がどうなるか。日本社会が経済的な混迷を深める中で、今後、さらに排外主義的な傾向を強める危険性は排除できない。これこそが頭痛の種だ。

平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

Foresight 2020年9月14日掲載

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