在宅介護者は泊まりの出張に出ることができるのか──在宅で妻を介護するということ(第8回)
68歳で62歳の妻の在宅介護をすることになったライターの平尾俊郎氏。自宅での執筆がメインという仕事は在宅に向いている。そう思っていたのだが、次々アクシデントに見舞われてしまうことに。やはりそうそう物事は簡単には進まないようなのだ。
体験的「在宅介護レポート」の第8回である。
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【当時のわが家の状況】
夫婦2人、賃貸マンションに暮らす。夫68歳、妻62歳(要介護5)。千葉県千葉市在住。子どもなし。夫は売れないフリーライターで、終日家にいることが多い。利用中の介護サービス/訪問診療(月1回)、訪問看護(週2回)、訪問リハビリ(週2回)、訪問入浴(週1回)。在宅介護を始めて1年半になる。
四六時中家にいる、もしくは家でできる仕事
早いもので、妻を家で看ることになってから1年8カ月が過ぎた。順風満帆の600日。ありがたいことにこの間、「在宅」にしたことを悔やむ出来事は何ひとつ起きなかった。何だかこわいくらいだ。
妻の病状は期待していた以上に改善された。寝たきり状態で排泄と歩行が困難なことに変わりはないが、自力で食事できるところまで回復した。日常の会話はほぼ違和感なくできる。ただ、短期記憶障害が残ったようで30分前に話したことは忘れてしまう。医師の勧めもあって、近々デイサービス(通所介護)にデビューさせようと思っている。
介護生活はまだ途上で振り返るのは早すぎるが、私の場合、「在宅」にしてつくづくよかったと思う。だからといって、「あなたも家で看たらいいよ」と誰彼かまわず推奨するほど能天気ではないつもりだ。やはり、人によって状況はさまざまなので、できる人とできない人がいる。
介護者の年齢や健康状態、仕事の種類、地域の介護インフラの充実度によっては、「在宅なんて到底ムリ」となってしまう。私のようなケースはむしろ少数派であろう。
「在宅」の可否は、介護される人(要介護者)の病状や障害の程度によることはもちろんだが、それよりも、介護する人(介護者)で決まってくると思う。短い経験から言わせてもらえば、介護者に求められる要件は2つある。第一に「健康な身体と介護に必要な体力の持ち主」であること、第二に「一日の大半家にいられる、もしくは家でできる仕事に就いている人」であることだ。
第一については説明するまでもない。介護者がしょっちゅう風邪をひいたり寝込んだりしていては話にならない。また、介護行為は想像以上に力仕事の要素が強い。ベッドから車いすへの移乗や、おむつ交換時の体位変換など、非力な高齢女性に要求するのは酷だ。同居家族がいない場合、80歳を境に「在宅」の現実性は薄れていくと思う。
私が強調したいのは第二の要件、つまり家にいられる時間だ。介護者の理想は、仕事の有無にかかわらず長時間家にいることが可能で、食事や排泄や身の回りの世話に専従できること。早い話、現役のサラリーマンには難しいと思う。いかにリモートワークが推奨されているとはいえ、勤務時間に介護をしていたら会社がいい顔をしないだろう。
夫が妻を看る場合はやはり、リタイアしてずっと家にいられる人、もしくは自営業者で自宅が仕事場となる人、という前提で考えるのが自然だと思う。
そういう意味で、私は見事に「在宅」の要件を満たしている。身体は“ひとまず”健康だし、日々衰えてはいるが68歳でまだ体力に残量がある。職業は自由な時間だけがウリのフリーライターで、しかも売れっ子でないときている。東京に出るのは月に3~4回で、取材や打ち合わせを除けばほとんど家に張り付いていられる。
まさに適役。在宅の申し子のようなつもりでいたが、やはり介護を甘く見てはいけない。2つの前提がもろくも崩れ去る場面が早々に訪れたのである。
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