ベストセラーから読み解く「韓国」政治・社会のいま
韓国ソウル中心部にある光化門広場は、朝鮮時代の王宮だった景福宮と、その向こうに青瓦台(大統領府)を望む、韓国を象徴する場所であると同時に、集会やデモが頻繁に行われることで知られる。朴槿恵(パク・クネ)前大統領の「国政壟断」を糾弾する「ろうそく集会」も、数々の不正疑惑が明るみに出た曺国(チョ・グク)前法相と文在寅(ムン・ジェイン)政権を断罪する大規模集会も、ここで行われた。国民が互いに「韓国に正義はない」と苛立ち、反目しあう舞台である。
その光化門広場から緩やかなスロープを下りてすぐのところに、大型書店の「教保文庫」がある。
店内にはソファや大きなテーブルも置かれ、大勢の人が訪れるカルチャースポットだが、そこに並ぶ書籍は、韓国の深刻な対立と分裂、人びとの怒りを如実に示している。「政治・社会」分野の7月の月間トップ20と8月第4週の週間トップ10に入った本をもとに、韓国の「いま」を観察してみたい。
保革対立とメディア不信
右派の論客、ウ・ジョンチャンによる『大統領を葬った偽りの山』は、1年前に出版されたロングセラーである。今年2月に続編も出た。
書名のとおり、朴槿恵前大統領に対する検察の捜査と裁判がいかに証拠に基づかず、政治的に行われたか、そして、メディアがその流れに乗り、「捏造報道」を繰り返したと厳しく批判する内容だ。ウ・ジョンチャンは元新聞記者で、「ウソと真実」という「YouTubeチャンネル」で言論活動を続けている。
右派の論客らは、文在寅政権発足後、地上波テレビなど既存の大手マスコミが左傾化したと批判し、インターネットに活動の場を求めるケースが少なくない。朴槿恵政権期には、反対に、進歩(革新)系人士によるインターネット進出が盛んだった。それぞれ、まったく逆の立場であるが、既存メディアは時の政権の影響下にあるとして信用しない点では共通する。韓国では、いまやYouTubeが政治の主戦場のひとつとなっているのである。
データを示して文在寅政権の経済政策を批判したのが、『政策の背信』だ。例えば、文大統領が推し進めた労働時間を週52時間に制限する施策について、中小企業を危機に追い込み、また、労働者の雇用を増やすことにつながらないと指摘する。
著者のユン・ヒスクは、ソウル大学を経て米コロンビア大学で博士号を取得し、政府系シンクタンクの韓国開発研究院で活躍する女性研究者だった。出版直後の今年4月に行われた総選挙で、保守の牙城となっているソウルの高級住宅地の選挙区から、保守系野党の「未来統合党」の候補として当選した。
国会で初めて登壇した際、政府が支持基盤とする低所得者層を意識して住宅の賃貸料の引き上げ幅を抑制するなどとした不動産関連法案に対し、
「私は賃借人ですが、うれしいと思いません」
と語り、数字を挙げながら痛烈な批判を展開して「レジェンド演説」と話題になった。もっとも、「レジェンド」と評したのは保守系メディアである。
進歩勢力による反撃も激しい。『検察改革とろうそく市民~曺国事態から見た政治検察とマスコミ』は、長女の大学入学など数々の不正疑惑で辞任に追い込まれた曺国前法相を擁護する。研究者や市民団体幹部らが、「検察の無差別的な捜査とマスコミの悪意ある報道を検証した」と謳う。疑惑の1つ1つに反論を加えた上で、「市民の力で改革推進を」と訴える。特に、検察のリークでメディアが歪んだ報道を繰り返したなどとして、市民による監視の必要性を説いている。
検察改革は、文在寅大統領が最重要課題としているものだ。曺国の後任の秋美愛(チュ・ミエ)法相が検察との暗闘の末、掌握に成功しつつあると評されているが、「検察改革は第一歩を踏み出した」としながら、次はマスコミ改革に着手すべきだと主張する。この本は、8188人もの市民の後援を得て出版されたという。
その「マスコミ改革」に力点を置いたのが、『休みなく歩き、ろうそくに会った』だ。進歩系ジャーナリストから政界入りした著者のチェ・ミンヒは、曺国の疑惑報道で、『朝鮮日報』『中央日報』『東亜日報』という保守紙のみならず、『ハンギョレ』や『京郷新聞』といった進歩系各紙も検察を盲信したと批判する。
購読者がデジタルに移行しつつあるという新聞の経営環境の変化や記者の取材力低下により、情報の正確さを確認することなく特ダネ競争に参入した結果、「韓国ジャーナリズムは失踪した」と主張する。韓国のメディアは、もはや総崩れ的に信頼を失っているのである。
格差の拡大と悲哀
米アカデミー賞を受賞した映画『パラサイト 半地下の家族』に触れるまでもなく、韓国社会には貧富の格差が厳然と存在する。
『臨契老物語~63歳臨時契約職老人の労働日誌』は、60歳で公企業を退職したあと、マンション、ビル、バスターミナルを転々としながら、警備員、駐車場管理人、清掃員、配車係として生活してきたチョ・ジョンジンが、3年に及ぶ時給労働の日々を淡々と記したものである。
職場で会ったほかの非正規雇用の労働者たちや、中学卒業検定試験に挑戦する清掃員の老女との友情なども描かれるが、正規職との深刻な差別や、パワハラを受けたり、腰を痛めて3日間の休暇を申請して解雇されたりといった悲哀に満ちたエピソードが綴られる。
いまもマンションで警備員兼清掃員として働く著者は、背負ったタンクの消毒液を浴びながら建物を守っているという。
出版社によると、韓国では、50代以上の時給労働者はこの5年間で7倍増加し、高齢者の貧困率は世界1位だという。日本でも、高齢者の交通誘導員や派遣添乗員のノンフィクションが相次いで出版された。高齢者の苦境と労働問題は、どの国にも共通する深刻な課題である。
チョ・ジョンジンは新聞のインタビューで、懇談会で会った市議会議員が、「老人が働ければ健康によく、小遣いまで稼げる」と的外れなことを口にしていた、と証言する。高齢者がのんびり隠居生活を送る状況にないことが認識されていないのである。チョは、退職者が働き続けなければならない理由として、子どもの世代の就職難を挙げる。子どもが正社員として採用されるまで、親が扶養を続けざるを得ないというのだ。
若者層が直面する不平等の問題を論じたのが、『世襲中産層社会~90年代生まれが経験する不平等はどのように違うのか』である。大学の博士課程に身を置くという若手研究者のチョ・グィドンは、現在の20代は、
「10%の世襲中産階級と残りの90%で構成された超格差世代だ」
と指摘する。これまでの経済成長によって実現した、
「大学(特に名門大学)定員の拡大、好景気がもたらした労働市場の活況、大企業による輸出の成長とそれによる労働所得の増加、資産価格の急騰に支えられ、堅固な地位を固めた中間層」
を占める1960年代生まれの親世代が、
「教育投資だけでなく、文化的力量と社会的ネットワークなどの無形資産を利用して、90年代生まれの子ども世代に同じ地位を譲ろうとしている」
と分析する。「普通の家族」であることは、結婚をし、不動産を持っていることを前提とした、もはや「特権」になっているという。
これらの格差問題を扱った書籍が読まれているのは、韓国で階層の分化と固定化が進行している不条理さに、多くの人が怒りと危機感を抱いているからにほかならない。チョ・グィドンは「世襲中産層」に経済的・社会的な義務を負担させるべきだと説くが、解決策を見出すのは容易ではない。
月間トップは「#Me too」
7月の月間1位となったのは、「#Me Too」についての本だった。
進歩系の有力政治家で、次期大統領候補の1人とも目された安熙正(アン・ヒジョン)忠清南道知事からセクハラを受けた秘書のキム・ジウンが、2018年3月、実名でテレビに出演して告発に踏み切ってから、元上司の有罪判決を勝ち取るまでを記録したのが、『キム・ジウンです』である。
キムは、上司のセクハラを告発した女性検事とともに韓国における「#Me Too」運動のうねりを作り出す役割を担うことになったが、この間、
「なぜ何度も黙って被害を受けていたのか」
「本当は前知事のことを好きだったのではないか」
などといった偏見や誤解にさらされたという。女性の社会進出が進み、「#Me Too」運動について言えば日本よりも先行する韓国だが、いまもなお女性が不当に扱われることへの怒りは強い。
韓国では、今年7月に、やはり進歩系の朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長が、セクハラで告発されたあと自殺した。同様に進歩系の釜山市長もセクハラで辞職に追い込まれている。人権を重視するはずの進歩系政治家がセクハラを繰り返したことの衝撃は大きい。
韓国では真の民主主義が実現していないと断じた『我々の不幸は当然ではありません』を著したキム・ヌリは、進歩勢力の中核を占める「86世代」と呼ばれる50代について、
「自分たちの道徳的決断によって、また、数多くの犠牲を通じて韓国民主主義を進展させた」
と一定の評価をしつつも、
「常に外国勢力に頼り、日和見主義的に私的な利益だけを貪るという、道徳的な欠点があまりにも明らかな守旧保守勢力とだけ競争し、常に道徳的に優越していた」
に過ぎず、韓国社会を質的に新しい社会へと変化させられなかったと批判している。
「ピークを過ぎた」日本への視線
最後に、日本関連書籍を挙げたい。
『反日種族主義との闘争~韓国人の中世的幻想と狂信を撃破する』は、日本でも注目された『反日種族主義 日韓危機の根源』を記した保守派の著名論客、李栄薫(イ・ヨンフン)による続編である。
『反日種族主義 日韓危機の根源』が出版された2019年7月以降、これを批判する書籍が5冊も出たという。今回、慰安婦問題や竹島(韓国名:独島)、土地収奪論、植民地近代化論などについて、事実をもとに「再度精密な主張を繰り広げて」反論したという。
現在の韓国人の日本観をうかがわせるのが、『The Japan Times』編集委員などを歴任した多摩大学ルール形成戦略研究所副所長のブラッド・グロッサーマンによる『ピークジャパン~最後の頂点を極めた日本の膨張への野望と予定された結末』である。
グロッサーマンは、リーマンショック、民主党の自滅が引き起こした政治の失敗、国際的な存在感の低下、東日本大震災が国民に与えたトラウマが安倍晋三政権の長期化をもたらしたものの、結局、日本は「膨張や成長から収縮と衰退へと転換することを阻止できない」と断定する。再生するには肥大化しすぎたという構造的な制約があり、また、国民も気力を失っている、というのである。
安倍政権については、
「国威を発揚し、アジア地域と全世界の舞台で主導的な役割を確保しようという伝統的な強大国主義者が最後に努力」
しようとしたと評する。
韓国では、大勢の高校生が犠牲になった2014年の旅客船セウォル号沈没事故で国家の機能不全に対する不信感が噴出し、日本の災害など非常時の対策を称賛し、見習うべきだという声が少なくなかった。反対にいまは、韓国は新型コロナウイルス感染拡大の抑制におおよそ成功し、文在寅大統領は「K防疫」と呼んで自賛している。
ここに来て韓国でも感染者が再び増加しているものの、対策でもたついた日本に対する優越意識は、一般国民も多かれ少なかれ共有している。とりわけ、安倍首相を激しく嫌ってきた人たちにとっては、今回の辞意表明はある種の勝利感をもたらすものだったかもしれない。
グロッサーマンが示す分析は、やや図式化しすぎではないかとの疑問もある。ただ、「日本はピークを過ぎつつある」とするこの本がベストセラーの1つとして読まれていることは、韓国人の日本へのまなざしが変化しつつあることを物語っているのだろう。