「新碁聖」は名門地方紙の御曹司 棋士と記者の二足の草鞋生活、本人語る

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 将棋のプリンスといえば藤井聡太二冠(18)だが、棋界より古い歴史を持つ囲碁の世界だって負けてはいない。この度、7大タイトルのひとつ「碁聖」を獲得した一力遼八段(23)。その経歴を聞いて驚くなかれ。あの名門地方紙の御曹司なのだ。

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 とかく比較されがちな囲碁と将棋の世界。藤井二冠の活躍が耳目を集めるが、囲碁界も若手の台頭が目覚しい。中でも、一力八段は史上最年少で新人王となり、劣勢の日本棋士にあって、20歳未満の国際棋戦で優勝した経験を持つ。

 8月14日には、囲碁の7大タイトルのひとつ「碁聖」を得て名実ともにトップ棋士の仲間入りを果たしたが、この世界では珍しく「二足の草鞋」を履いているとか。

「囲碁のみならず将棋界含めても、プロで現役の新聞記者なのは一力八段しかいません」

 と解説するのは、さる観戦記者だ。

「今年3月に早稲田大を卒業して、東北最大の地方紙を発行する河北新報社に就職しました。本社は仙台ですが、彼は東京支社の記者。義務教育が終わればそのままプロに専念する棋士が多い世界で、彼は進学を選び企業に入った。やはり親御さんの影響が多分にあると思います」

 何を隠そう、彼の父親は河北新報の社主と社長を務める一力雅彦氏(60)。高祖父が創刊して以来、一力家が社長に就任するのが習わしで、東北放送の社長は一力八段の叔父が務めている。現社長の一人息子である彼は、オーナー企業の御曹司なのだ。

「大谷選手のように」

 一力八段の父親で河北新報社長の雅彦氏に訊くと、

「私が明日、交通事故に遭ってしまったら、(息子がトップに)なりうる可能性はあります。将来的には会社を継ぐことになるだろうが、今は囲碁を優先することを認めています。棋士の経験は、新聞人、経営者としても役に立つと思います」

 確かに将棋より大局観に立って戦略を探る囲碁の方が経営者としての資質を磨けるとよく言われる。期待をかける我が子の将来については、こう話す。

「今後、トップ棋士として何年続けられるのか。大谷翔平選手のように、二刀流がうまくいくのかは、本人にしか分からないこと。今回タイトルを獲ったのは、本人の努力と宋先生らの指導のおかげです。私はただ見守るだけですから……」

 幼少の頃から一力八段を知る師匠の宋光復九段は、

「彼は小学2年で日本棋院の院生となり、5年生の時に上京しました。当時、地元の指導者からは“あの子は家業を継がないといけないので、プロはダメ”だと聞かされましたが、ご両親に“この子は20歳までにタイトルを獲ります”と言ってお預かりしたんです」

 一力八段は中学1年でプロになり今年で10年の節目を迎えたが、5度タイトル戦に挑戦するも結果を出せなかった。その相手は毎回同じ、史上初の七冠を達成し国民栄誉賞にも輝く井山裕太棋聖(31)だった。

「対局と大学の授業との両立が困難で、もっと早く碁に専念できていればタイトルを獲れていたと思います。昔から彼は寝る間を惜しんで碁と向き合っていますが、全く愚痴は吐かない。家業との両立も、彼は“宿命”だから変えることはできない。そう理解していると思いますよ」(同)

 とはいえ、夜討ち朝駆けが常の新聞記者は激務である。果たして大丈夫なのか。

「有難いことに、学生時代よりも、囲碁に費やせる時間は多くなっています」

 そう話すのは、一力八段ご本人。会社に出勤したのはまだ1回だけと言う。

「囲碁に関して何本か記事を書きましたが、デスクワークをしているわけではなく、自宅で碁の研究が中心の生活をしています。会社に配慮して貰っている分、棋士として活躍して自ら記事にすることで貢献していきたい。新聞社の経営は先祖代々ですので、いずれ考えないといけない時期が来るかもしれませんが、今は囲碁で結果を出すことに専念します。たとえば、タイトル戦では就位式というのがあって、主催する新聞社の社長さんが、タイトルホルダーに免状や盾を贈呈します。将来、晴れの舞台で一人二役できたら面白いなとは思っています」

 棋士としても、記者としても手腕を試される御曹司は、人生の難局でどんな“好手”を繰り出すのか。

週刊新潮 2020年9月3日号掲載

ワイド特集「積み残しの宿題」より

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