「樹木希林さん」書斎に遺された「100冊の蔵書」リスト 死生観に影響を与えた宗教書も

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「本は100冊と決めているの」

 大の読書家として知られた樹木希林さん。しかし、希林さんはものを持たない、買わない生活をしていたため、所有する本を100冊に決めていたという。

 2018年9月に希林さんが亡くなったとき、作家で元「Hanako」編集長の椎根 和氏は、「蔵書が100冊というのは本当なのか」「どんな読書が希林さんの人格を作り上げたのか」に興味を持ったのだそうだ。

 そこで親交のあった娘の也哉子氏にアプローチ。実際に希林さんの書斎に入ると、そこにはちょうど100冊の本と自筆の雑記帳が遺されていていた。

 今回は100冊の「蔵書リスト」とともに、特に印象的な本や、雑記帳に記されていた希林さんの言葉を、椎根氏に振り返ってもらった。

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 生前の樹木希林さんに「読書家と聞いているけれど、本はどうしているの?」と聞いたことがあります。

 読書家の家は悲惨な状態になるのが常です。昔、エッセイストの植草甚一さんの担当編集者だったことがあり、よくお宅に伺っていました。玄関から洋書がうずたかく積まれて、文字通り座る場所もないほど。植草さんが亡くなった後、奥さんは5万冊にも及ぶ古本を、神田の古本屋に直ちに叩き売ってしまったというエピソードがあります。

 希林さんの答えは簡単でした。

「本は100冊と決めているの。それを超えて好きな本が出てきたら、1冊を人にあげてしまう。そういうスタイルだから、本はいつも100冊しかない」

 一昨年の9月に希林さんが亡くなったとき、その100冊のことを思い出しました。100冊しかないというのは本当なのか。どんな読書が彼女の人格をつくりあげたのだろうか? もちろん編集者としての興味もありました。

 そこでかねてから親交のあった娘の内田也哉子さんに、一周忌が終わった直後、希林さんの100冊の蔵書を全部読んで本を執筆したい、とお願いしたのです。

 ところが、也哉子さんは「そんなに本はない。30冊くらいではないか」と言う。家には洋風と和風の二つの書斎がありますが、部屋は整理整頓され、余分なものは何も置かれていません。見せてもらうと、確かに本がない。

 ですが洋風書斎のデスクの後に引き戸があり、「ここじゃないかな」と也哉子さんが開けると、本が並んでいました。数えると、希林さんが言っていた通りちょうど100冊。それまで誰にも見せていなかった本が、引き戸の奥にしまいこまれていたのです。

 私はその100冊を借り受け、読み始めました。同時に希林さん直筆の雑記帳もお借りした。雑記帳は、たまたま手元にあったノートを使用したもので、本からの抜き書きや感想、雑感がランダムに記されています。也哉子さんは少しためらったのですが、夫の本木雅弘氏が、執筆の役に立つならと、快く貸してくれました。

 希林さんが残した100冊には、多くの赤線が引かれ、所々に折り目があるなど、かなり読み込んだ跡がありました。希林さんの読書は、単なる娯楽ではなく、彼女の人格の一部をつくり、彼女の生き方に大きな影響を与えたのです。

 新型コロナの感染が拡大する中、1日1冊100日かけて本の原稿を書き、今年4月25日『希林のコトダマ』(芸術新聞社)という本を出しました。ここで、彼女が遺した100冊の中から、印象的な数冊を紹介しようと思います。

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